でわしが脇肉はどうだと言い出したら、実は結婚したいのですが、と答えたんだな。それは話をそらすというものだ。お前は少し言い争うつもりでいたんだろう。わしがこれでも古狸《ふるだぬき》であることを、お前は知らなかったんだ。どうだね。腹が立つかね。祖父《おじい》さんを少しばかにしてやろうなどと思っても、そうはいかないさ。議論なんかしかけようたってむだなことさ。弁護士さん、癪《しゃく》にさわるかね。まあ怒るのは損だよ。お前のすきなようにしてやれば、文句もなかろうというものだ。ばかだね。まあ聞きなさい。わしもなかなかずるくてな、いろいろ調べてみたんだ。なるほどきれいで悧巧《りこう》な娘だ。槍騎兵《そうきへい》の話も嘘《うそ》だった。綿撒糸《めんざんし》を山のように作ってくれたよ。実にりっぱな娘だ。お前に逆上《のぼ》せきってる。もしお前が死んだら、三人になるところだった、娘の葬式がわしの葬式に続いて出る所だった。わしもな、お前がよくなりかけてからは、娘を枕頭《まくらもと》に連れてきてやろうとは思ったが、美男子が負傷して寝てる所へ、夢中になってる若い娘をすぐに連れてくるのも、小説ならともかく、実際はちと困るからな。伯母《おば》さんもどう言うかわからないしね。お前は素裸になってる時の方が多いくらいだった。いつもそばについてたニコレットに聞いてみなさい、婦人を傍に置けたかどうか。それからまた医者もどう言うかわからない。きれいな娘は決して人の熱を下げてくれるものではないからな。だが、もうそれでいい、こんな話はやめよう。すっかりきまってる。でき上がってる。まとまってることなんだ。あの娘をもらうがいい。わしの意地悪さと言えばまあそんなものだ。ねえ、わしはな、お前からきらわれてるのを見て取って、こう考えた。『こいつが俺《おれ》を愛するようになるには、どうしたらいいかな。』そしてまたわしは考えた。『なるほど、コゼットが俺の手の中にある。コゼットを一つくれてやろう。そうしたら少しは俺を愛してくれるに違いない。あるいはまた、愛しない理由を言うに違いない。』ところがお前は、この爺《じい》さんがやかましく言い、大きな声を立て、反対をとなえ、その夜明けのような娘の上に杖《つえ》を振り上げることと、思っていたんだろう。だがそんなことをわしがするものか。コゼットも結構、恋も結構、わしはもうそれで十分だ。だから
前へ 次へ
全309ページ中177ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング