の灰色の頭髪が、朝の微風になぶられていた。
「炬火《たいまつ》を消したのはうれしい。」とクールフェーラックはフイイーに言った。「風に揺らめいてるあの光はいやでならなかった。まるで何かをこわがってるようだった。炬火の光というものは、卑怯者の知恵みたいなものだ。いつも震えてばかりいて、ろくに照らしもしないからね。」
曙《あけぼの》は小鳥を目ざめさせるとともに、人の精神をもさまさせる。人々はみな話しはじめた。
ジョリーは樋《とい》の上をぶらついてる一匹の猫《ねこ》を見て、それから哲学を引き出した。
「猫とはいかなるものか知ってるか。」と彼は叫んだ。「猫は一つの矯正物《きょうせいぶつ》だ。神様は鼠《ねずみ》をこしらえてみて、やあこいつはしくじったと言って、それから猫をこしらえた。猫は鼠の正誤表だ。鼠プラス猫、それがすなわち天地創造の校正なんだ。」
コンブフェールは学生や労働者らに取り巻かれて、ジャン・プルーヴェールやバオレルやマブーフやまたル・カブュクのことまで、すべて死んだ人々のことを話し、またアンジョーラの厳粛な悲哀のことを語っていた。彼はこう言った。
「ハルモディオスとアリストゲイトン、ブルツス、セレアス、ステファヌス、クロンウェル、シャーロット・コルデー、サント、なども皆、手を下した後に一時悲哀を感じたのだ。人の心はたやすく傷《いた》むものであり、人生は至って不思議なものである。公徳のための殺害の場合でも、もしありとすれば救済のための殺害の場合でも、ひとりの者を仆《たお》したという悔恨の念は、人類に奉仕したという喜びの情より深いものだ。」
そして話は種々のことに飛んだが、やがてジャン・プルーヴェールの詩のことから一転して、ゼオルジック[#「ゼオルジック」に傍点]([#ここから割り注]訳者注 ヴィルギリウスの詩[#ここで割り注終わり])の翻訳者らの比較を試み、ローとクールナンとを比べ、クールナンとドリーユとを比べ、マルフィラートルが訳した数節、ことにシーザーの死に関する名句をあげたが、そのシーザーという言葉から、話はまたブルツスの上に戻った。
「シーザーの覆滅は至当である。」とコンブフェールは言った。「キケロはシーザーにきびしい言葉を下したが、あれは正当だ。あの酷評は決して悪口ではない。ゾイルスがホメロスを嘲《あざけ》り、メヴィウスがヴィルギリウスを嘲り、ヴィ
前へ
次へ
全309ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング