外[#「アントアーヌ郭外」に傍点]の居酒屋は、歴史的の著名さを持っている。騒乱の折には、人はそこでは酒よりもむしろ多く言葉に酔う。一種の予言的精神が、未来の空気が、そこに通っていて、人の心をふくらし人の魂を大きくする。サン・タントアーヌ郭外の居酒屋は、ローマのアヴェンチナ丘の酒屋にも似ている。それらの酒屋は、魔法使いの女の洞窟《どうくつ》の上に建てられ、深い聖《きよ》い息吹《いぶき》と感応し、そのテーブルはほとんど神前の三脚台とも称すべく、エンニウスが魔女の酒[#「魔女の酒」に傍点]と呼んだところのものを人々はそこで飲んでいたのである。
サン・タントアーヌ郭外は民衆の貯水池である。革命の動揺はそれに割れ目をこしらえ、そこから民衆の大権が流れ出す。この大権は害悪をなすこともある。他のものと同じく誤ることもある。しかしたとい誤ろうとも常に偉大である。この大権は盲目の巨人インゼンスのごときものであるとも言える。
九三年([#ここから割り注]一七―[#ここで割り注終わり])には、波及せる観念が悪きものであったかもしくは善《よ》きものであったかに従って、狂信の日であったかもしくは熱誠の日であ
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