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 宇宙をただひとりに縮め、ただひとりを神にまでひろげること、それがすなわち愛である。
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 愛、それは星に対する天使の祝辞である。
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 愛のために魂が悲しむ時、その悲しみのいかに深いかよ!
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 世界を満たす唯一の人のいない時、世はいかに空《むな》しいか。恋人は神になるとは、実《げ》に真なるかな。もし万物の父にして、明らかに魂のために万物を造らず、愛のために魂を造らなかったとするならば、神は必ずや、恋人が神となるをねたみたもうであろう。
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 人の魂を夢の宮殿のうちに入らしむるには、薄紫の飾りひもある白|縮紗《クレープ》の帽子の下にちらと見ゆる、ただ、一つの微笑にて足りる。
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 神は万物の後ろにあり、万物は神をおおい隠している。事物は黒く、生物は不透明である。ひとりの人を愛するは、その人を透明ならしむることである。
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 ある種の思いは祈祷《きとう》である。姿勢のいかんに関せず魂のひざまずいている瞬間がある。
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 互いにへだてられたるふたりの恋人は、その相《あい》見《まみ》えない間を多くの空想によって紛らす。しかもその空想は彼らにとっては現実である。ふたりは会うことを妨げられ、手紙をかわすことを得ないけれども、互いに意を通ずる神秘なる方法を数多見いだすものである。小鳥の歌、花のかおり、子供の笑い、太陽の輝き、風のため息、星の光など、あらゆるものを互いに贈り合う。そしてどうしてそれが不可能と言えよう。神の造りたまえるあらゆるものは、愛に仕えんがためにできているではないか。愛は力強く、いっさいの自然にその使命を帯ばしむる。
 おお春よ、汝は私が彼女に書き送る手紙である。
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 未来は、知よりもむしろ情のものである。愛こそは、永遠を占め満たすべき唯一のものである。無窮なるものには、尽くることなきものを要する。
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 愛は魂と同種のものである。愛は魂と同質のものである。魂と同じく聖なるひらめきであり、魂と同じく不朽不可分不滅なるものである。それはわれわれのうちにある永遠無窮なる一点の火であって、何物もこれを限りこれを消すことを得ない。人は骨の髄までこの火の燃ゆるを感じ、天の奥までこの火の輝くのを見る。
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 おお愛よ、欽慕《きんぼ》よ、互いに理解する二つの精神の、互いに交わる二つの心の、互いに貫く二つの視線の、その喜悦! 幸福よ、汝は私のもとにこないのか。寂しき所をふたりで歩こうではないか。祝福されたる麗わしい日ではないか。私は時として夢想した、天使の生涯の一部が分かれて下界の人の運命にもおりおり交じってくることを。
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 互いに愛し合う人間の幸福に神のつけ加え得るものは、ただその限りなき永続を与えることのみである。愛の生活についで愛の永続、それはまさしく一つの増加である。しかしこの世において愛が人の魂に与える得も言えぬ至福に、更にその強さを増さしむることは、たとい神にも不可能である。神は天の十全であり、愛こそは人間の十全である。
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 汝は二つの理由から天の星をながめる、一つはその光り輝くがために、一つはその測り知るべからざるがために。しかし汝はおのれのそばに、更にやさしき光を有し、更に大なる神秘を有している、すなわち婦人を。
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 何人《なんぴと》を問わずわれわれは皆呼吸すべきものを有している。それがもしなくなる時には、空気がもしなくなる時には、われわれは息絶える。そしてわれわれは死する。愛を失って死するは恐ろしいことである。それは魂の窒息である。
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 愛がふたりの者を天使のごとき聖なる一個にとかし結合した時、人生の秘奥は彼らに見えてくる。ふたりはもはや同じ一つの運命の両面にすぎなくなる。もはや同じ一つの精神の両翼にすぎなくなる。愛せよ、翔《か》けれよ!
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 ひとりの婦人が汝の前を通り、歩きつつ光を放つ時、汝のいっさいは終わり、汝は愛に陥る。そして汝のなすべきことはただ一事あるのみ、すなわち深く彼女をのみ思って、ついに彼女にも汝を思わしむること。
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 愛の始めしことを成し遂ぐるは、ただ神あるのみ。
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