#「あれ」に傍点]とはいったいだれであるか? 不分明なるだけになお更気味の悪い言葉である。
郭外においていわゆる「重立った首領」と言われていた人々は、普通の者と別になっていた。会議をする時には、サン・テュスターシュ崎の近くにある居酒屋に集まるのだと、一般に思われていた。モンデトゥール街にある裁縫工救済会の幹部たるオー……とかいう男が、その首領らとサン・タントアーヌ郭外との間の仲介者の中心になってると言われていた。それにもかかわらず、首領らの上にはいつも深い影がたれていて、何ら確かな事実はわからなかった。その後高等法院で一被告がなした妙に傲然《ごうぜん》たる次の答弁をへこますような証拠さえ、一つも上がらなかった。
「お前の首領はだれだったか。」
「首領の名前はいっこう知りませんでした[#「首領の名前はいっこう知りませんでした」に傍点]、顔も覚えてやしませんでした[#「顔も覚えてやしませんでした」に傍点]。」
それらのことはまだ、およそ推察はつくがしかし漠然《ばくぜん》たる言葉にすぎなかった。時とすると、風貌や噂《うわさ》や又聞きにすぎなかった。ところが他の兆候が現われてきた。
ひとりの大工が、ルーイイー街で、普請中の屋敷のまわりに板囲いをこしらえていた時、屋敷の中に引き裂かれた手紙の一片を見いだした。それには次の数行がまだ明らかに読まれた。
[#ここから2字下げ]
「……各種の団結を作らんとして区隊の者を引き抜くことを禁ずるために、委員会は何らかの手段を講じなければならない……」。
[#ここで字下げ終わり]
そしてその追白にはこう書いてあった。
[#ここから2字下げ]
「われわれの知るところによれば、フォーブール・ポアソンニエール街五番地(乙)の武器商の中庭に、五、六千|梃《ちょう》の小銃がある。わが区隊は目下武器をまったく有していない。」
[#ここで字下げ終わり]
またその大工が非常に不思議がって近所の者らに見せた物が一つあった。それは手紙の落ちてた所から数歩先で彼が拾ったも一つの紙片だった。同じく引き裂かれてはいたが手紙よりもいっそう意味ありげなものだった。われわれはここに、それらの不思議な記録を歴史的興味の上から書き写してみよう。
[#紙片の図、図省略]
[#ここから2字下げ]
(訳文)
この表を暗記せよ。しかる後に裂き捨てよ。新加入者ら
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