きはほとんど類《たぐ》いまれなる幸福というべきである。人生最上の幸福は、愛せられているという確信にある。直接自分自身が愛せられる、いや、むしろ自分自身の如何《いかん》にかかわらず愛せられるという確信にある。そういう確信は盲者にして初めて有し得る。惨《いた》ましき盲目のうちにおいては、世話を受くるはすなわち愛撫《あいぶ》を受くることにほかならない。彼にはその他に何かが不足するであろうか。いや。愛を有する以上、光明を失ったものではない。しかもその愛はいかなる愛であるか。まったく徳操をもって作られた愛である。確実なる信念があるところに失明なるものは存しない。魂は手探りに魂をさがしそれを見いだす。しかもその見いだされとらえられた魂は、一個の婦人である。汝をささえてくれる手、それは彼女の手である。汝の額に触れてくれる脣《くちびる》、それは彼女の脣である。汝はすぐそばに呼吸の音をきく、それは彼女である。その崇拝より憐憫《れんびん》に至るまで彼女のすべてを所有する。決してそばを離れられることがない。その弱々しい優しさで助けられる。その心確かな蘆《あし》のごとき弱き女性に身をささえる。直接おのれの手をもって神の摂理にふれ、おのれの腕のうちにそれを、肌に感じ得る神をいだく。これ実にいかなる喜悦であろうぞ! その心は、その人知れぬ聖《きよ》き花は、神秘のうちにひらく。それはあらゆる光明にもまさった影である。天使の魂がそこにある、常にある。もしそれが立ち去ることあっても、また再び帰りきたらんがためにである。それは夢のごとくに姿を消し、現実のごとくに再び現われる。暖きものの近づくのを感ずる時にはもはや、それがそこにある。清朗と喜悦と恍惚《こうこつ》とに人は満たされる。暗夜のうちにおける輝きである。そして数々の細かな心尽し。些細《ささい》なものもその空虚のうちにあっては巨大となる。得も言えぬ女声の音調は汝を揺籃《ゆりかご》に揺すり、汝のために消え失せし世界を補う。魂をもって愛撫せらるるのである。何物も見えないが、しかし鍾愛《しょうあい》せられてるのを感ずる。それは実に暗黒の楽園である。
ビヤンヴニュ閣下は、かくのごとき楽園より他の天国へと逝《い》ったのであった。
彼の死の報知は、モントルイュ・スュール・メールの地方新聞にも転載された。マドレーヌ氏はその翌日から、黒の喪服をつけ帽子に黒紗を巻いた。
町の人々はその喪装に目を止めて、いろいろ噂をし合った。そのことはマドレーヌ氏の生まれについて一つの光明を投ずるものと思われた。人々は彼があの尊い司教と関係があるように推論した。
「彼はディーニュの司教のために黒紗をつけた[#「彼はディーニュの司教のために黒紗をつけた」に傍点]、」と町の社交界で噂に上った。そのことは大いにマドレーヌ氏の地位を高め、にわかにモントルイュ・スュール・メールの貴族社会において重きをなすようになった。その小都市のサン・ジェルマンとも称すべき区郭の人々は、おそらく司教の身寄りの者であるマドレーヌ氏の四旬節の勤めを止めさせようとした。マドレーヌ氏はまた、年取った女らの敬意と年若い婦人らのほほえみとの増したことを見て、自分の地位の上がったことを認めた。ある晩、その小都市の交際社会の首脳ともいうべき一人の老婦人が、老人の好奇心から彼に尋ねたことがあった。「市長さんはきっと亡《な》くなられたディーニュの司教の御親戚でございましょうね。」
彼はいった。「そうではありません。」
「けれども、」とその老婦人は言った、「あなたは司教のために喪服をつけていられるではありませんか。」
彼は答えた。「それはただ、若い頃司教の家に使われていたことがあるからです。」
なおも一つ人々の注意をひいたことには、地方を回って煙筒の掃除をして歩いてるサヴォア生まれの少年が町にやって来るたびごとに、市長はその少年を呼んで名前を尋ね、そして金を与えた。サヴォア生まれの少年らはそのことをよく語り合った、そしてわざわざやってきて金をもらってゆく者も多かった。
五 地平にほのめく閃光
しだいに、そして時がたつにつれて、反対はみななくなってしまった。立身した人々が常に受くることになってる中傷や誹謗《ひぼう》などは、初めマドレーヌ氏に対してもかなりなされたが、やがてそれらは単なる悪口になり、次ぎには単に陰口になり、ついにまったくなくなってしまった。全市|挙《こぞ》って丁重に彼を尊敬し、一八二一年ごろには、モントルイュ・スュール・メールにおいて市長どのという言葉は、一八一五年ディーニュにおいて司教閣下と言われた言葉とまったく同じ調子で口に上せらるるようになった。その付近では、十里も隔たった所からマドレーヌ氏に相談に来る者もあった。彼は争論を終わらせ、訴訟を止め、敵同士を和解さしてやった。だれもみな彼を裁判官として奉じた、そしてそれも正当であった。彼は自然法則の書籍をもって心としているがようだった。あたかも伝染するがように彼に対する尊敬の念は、六、七年のうちにしだいにその地方全部に広まった。
しかるに、町や地方を通じて、その尊敬の感染を絶対に受けないものがただ一人いた。マドレーヌさんがいかなることをなそうとも、彼はいつもそれに敵意を持ち、あたかも一種の乱し動かすを得ない本能によってさまされ警《いまし》められてるがようだった。実際ある種の人のうちには、あらゆる本能と同じく一つの動物的で純で完全な真の本能がなお存しているらしい。その本能は反感や同感を起こさせ、一性格の者と他の性格の者とを全然分け隔て、また自ら少しも躊躇《ちゅうちょ》することなく、惑うことなく、黙することなく、自らを欺くことなく、自らの愚昧《ぐまい》のうちに揺るがず、知力のあらゆる勧告や理性のあらゆる訴えにも、決して撓《たわ》むことなく、厳として軟化せず、運命がいかなる状態にあろうとも、ひそかに犬人に戒むるに猫人の存在をもってし、狐人に戒むるに獅子人の存在をもってする。
マドレーヌ氏が愛情を含んだ穏かな様子で、万人の祝福にとりまかれながら町を通る時、しばしば鉄鼠色のフロックを着、大きなステッキを手にし、縁を引き下げた帽子をかぶっている背の高い一人の男が、突然彼の後ろからふり向いて、見えなくなるまで後姿を見送ってることがあった。そんな時その男は、腕を組み、軽く頭を振り、下脣と上脣《うわくちびる》とをいっしょに鼻の下までつき出して、一種の意味ありげな、しかめ顔をするのだった。その顔付きを翻訳してみればたぶんこんなことになるらしかった。
「いったいあの男は何者だろう?……確かにどこかで見たようだが。……いずれにしても俺はあんな奴に瞞《だま》されはしないぞ。」
その男はほとんど人を脅威するほどの重々しい様子をしていて、ちょっと見ただけでも人の心をひくような者の一人だった。
彼はジャヴェルといって、警察に出てる男であった。
彼はモントルイュ・スュール・メールで、困難ではあるがしかし有用な方面監察の役目をしていた。彼はマドレーヌのきた当時のことを知らなかったのである。国務大臣で当時のパリーの警視総監をしていたアングレー伯の秘書官シャブーイエ氏の引き立てで、現在の地位を得たのだった。彼がモントルイュ・スュール・メールにきた時には、その大製造業者の財産は既にでき上がり、マドレーヌさんはマドレーヌ氏となっていた。
警察のある種の役人は、陋劣《ろうれつ》と権威との交じった複雑な特別な相貌をそなえてるものである。ジャヴェルは陋劣の方を欠いたその特別な相貌を持っていた。
吾人の確信するところによれば、もし人の魂なるものが目に見えるものであったならば、人間の各個人は各種の動物の何かに相当するものであるという不思議な一事を、人は明らかに知るであろう。そして、蠣《かき》から鷲《わし》に至るまで、また豚から虎《とら》に至るまで、すべての動物が人間のうちに存在し、各動物が各個人のうちに存在しているという、思想家がかろうじて瞥見《べっけん》する真理を、人はたやすく認め得るであろう。時としてはまた数匹の動物がいっしょに一人の人間のうちにあるということをも。
動物は皆、われわれの善徳および悪徳の表象であって、われわれの眼前に彷徨《ほうこう》しわれわれの魂の目に見える幻影にほかならない。神はわれわれを反省せしめんがためにそれをわれわれに示す。ただ動物は影に過ぎないがゆえに、神は厳密なる意味において教育し得るがようには動物を作らなかったのみである。教育が何の役に立とうぞ? これに反してわれわれの魂は現実であり、自己本来の目的を持っているがゆえに、神はそれに知力を与えた、換言すれば教育の可能を。ゆえによく成されたる社会的教育は、いかなる魂にもせよ、魂のうちからそれが有する効用を引き出すことができる。
かく言うのはもとより、表面に表われたる地上の生活に限らるる見地においてであって、人間以外の生物の先天的および後天的性格に関する深い問題を考えてのことではない。目に見える自己のために内部の自己を否定することは、いかなる意味においても思想家には許されないのである。それだけの制限をしておいて先に進もう。
今しばらく、あらゆる人のうちには各種の動物のいずれか一つが存在しているということが許さるるならば、ここに警官ジャヴェルのうちにはいかなるものがいるかを述べるのは、いとたやすいことである。
アスチェリーの農民の間には次のことが信ぜられている。狼《おおかみ》の子のうちには必ず一匹の犬の子が交じっているが、それは母狼から殺されてしまう、もしそうしなければその犬の子は大きくなって他の狼の子を食いつくしてしまうからである。
その狼の子の犬に人間の顔を与えれば、それがすなわちジャヴェルである。
ジャヴェルは骨牌占《カルタうらな》いの女から牢獄の中で生まれた。女の夫は徒刑場にはいっていた。ジャヴェルは大きくなるに従って、自分が社会の外にいることを考え、社会のうちに帰ってゆくことを絶望した。社会は二種類の人間をその外に厳重に追い出していることを彼は認めた、すなわち社会を攻撃する人々と、社会を護る人々とを。彼はその二つのいずれかを選ぶのほかはなかった。同時にまた彼は、厳格、規律、清廉などの一種の根が自分のうちにあることを感じ、それとともに自分の属している浮浪階級に対する言い難い憎悪を感じた。彼は警察にはいった。
彼はその方面で成功した。四十歳の時には警視になっていた。
彼は青年時代には南部地方の監獄に雇われていたこともあった。
さてこれ以上に言を進める前に、先にジャヴェルについて言った人間の顔ということを説明してみよう。
ジャヴェルの人間の顔というのは、平べったい一つの鼻と、深い二つの鼻孔と、鼻孔の方へ頬の上を上っている大きな鬚《ひげ》とでできていた。その二つの鬚の森と二つの小鼻の洞穴とを見る者は、初めはだれもある不安を感ずるのであった。ジャヴェルは笑うことがごくまれであったが、その笑いは恐ろしく、薄い脣《くちびる》が開いて、ただに歯のみではなく歯齦《はぐき》までも現わし、野獣の鼻面にあるような平たい荒々しいしわが鼻のまわりにできた。まじめな顔をしている時はブルドッグのようであり、笑う時は虎のようだった。その上頭が小さく、頤《あご》が大きく、髪の毛は額を蔽《おお》うて眉毛の上までたれ、両眼の間のまん中に絶えず憤怒の兆のような、しかめた線があり、目付きは薄気味が悪く、口は緊《きっ》と引きしまって恐ろしく、その様子には強猛な威力があった。
この男は、きわめて単純で比較的善良ではあるが誇張せられるためにほとんど悪くなっている二つの感情でできていた。すなわち、主権に対する尊敬と、反逆に対する憎悪と。そして彼の目には、窃盗、殺害、すべての罪悪は、ただ反逆の変形にすぎなかった。上は総理大臣より下は田野の番人に至るまでおよそ国家に職務を有する者を皆、盲目的な深い一種の信用のうちに包み込んで見ていた。一度法を犯して罪悪の方に踏み込んだ者を
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