しょくか》の助言である。解脱! 何ゆえか。犠牲! 何物に対してか。私は一つの狼《おおかみ》が他の幸福のために身を犠牲にするのをかつて見ない。われわれは自然に従うべきである。われわれは頂上にいる。優《すぐ》れたる哲学を持たなければならない。他人の鼻の頭より以上を見得ないならば、高きにいる事も何の役に立とう。愉快に生きるべしである。人生、それがすべてだ。人は未来の生を、かの天国にか、かの地獄にか、どこかに所有すると言わば言うがいい。私はそういう欺瞞《ぎまん》の言葉を信じない。ああ人は私に犠牲と脱却とを求める。自分のなすすべての事に注意し、善と悪、正と邪、合法《ファス》と非法《ネファス》とに頭を痛めざるべからずと言う。しかし何のためにであろう。私はやがて自己の行ないを弁義せなければならないであろうからというのか。そしてそれは何の時に? 死して後にである。何というりっぱな夢か? 死して後に私を取り上げるとは結構なことだ。影の手をもって私の一握の灰をつかむがいい。神秘に通じイシスの神の裳《もすそ》をあげたる吾人をして真を語らしめよ、曰《いわ》く、善もあるなく悪もあるなし、ただ生長あるのみ。真実を
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