ない。徒刑囚ジャン・ヴァルジャンである。初め母方の姓を取ってジャン・マティユーという名の下に隠れていたのだ。その方はオーヴェルニュに行ったことがある。その方はファヴロールの生まれで、そこで枝切り職をやっていた。それからまた、その方がピエロン果樹園に侵入して熟した林檎《りんご》を盗んだことも明白である。陪審員諸君も十分認められることと思う。」
被告は再び席についていた。しかし検事が言い終わると急に立ち上がって叫んだ。
「旦那《だんな》はわるい人だ、旦那は! 私は初めから言いたかったのだが、どう言っていいかわからなかったのだ。私は何も盗みはしなかった。私のようなものは、毎日食べなくてもいいのだ。私はその時アイイーからやってきた。その田舎《いなか》を歩いていた。夕立の後で田圃《たんぼ》は黄色くなっていた。池の水はいっぱいになっていた。路傍《みちばた》には小さな草が砂から頭を出してるきりだった。私は林檎のなってる枝が折れて地に落ちてるのを見つけた。私はその枝を拾った。それがこんな面倒なことになろうとは知らなかったのだ。私はもう三月《みつき》も牢にはいっている。方々引き回された。それから、私は
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