失わないで、夏の夕方など毎日青く塗ったブリキのじょうろで花壇に水をやった。
家には錠をおろされる戸は一枚もなかった。前に言ったように、石段もなくすぐに会堂の広場に出られる食堂の戸口は、昔の牢屋《ろうや》の戸口のように錠前と閂《かんぬき》とがつけられていた。が司教はそれらいっさいの金具をとり除いたので、戸口は昼も夜も※[#「金+饌のつくり」、第4水準2−91−37]《かきがね》でしめられるばかりであった。通りかかりの人でも何時たるを問わず、ただそれを押せば開くのだった。初め二人の女はこの締りのない戸口をたいへん心配したが、司教は彼女たちに言った。「もしよければ自分の室に閂をつけさせるがいい。」でついに彼女たちも彼と同様に安心し、また少なくとも安心したふうをするようになった。ただマグロアールだけは恐ろしがった。司教の方は、彼が聖書の余白に自ら書きつけた次の三行の句に、その考えが説明され、もしくは少なくとも示されている。「ここにその微妙なる意味あり。医師の戸は決して閉さるるべからず、牧師の戸は常に開かれてあらざるべからず。」
医学の哲理[#「医学の哲理」に傍点]と題する他の一冊の書物に、
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