は金で塗られて花模様の南京繻子《なんきんじゅす》でおおわれている木製のきわめて大きな安楽椅子を一つ持っていた。はしご段があまり狭かったので、それは窓から二階に上げなければならなかったものである。でそれは予備の道具のうちには数えることができなかった。
 バティスティーヌ嬢の望みは、ばら模様の黄いろいユトレヒトのビロードを張り、白鳥の頭を刻んだマホガニーでできてる客間の一組みの道具を、長椅子といっしょに買いたいということだった。しかしそれには少なくとも五百フランかかるのであった。そしてそのためにいくら貯蓄しても五年間に四十二フラン十スーしか得ることができなかったので、ついに彼女はその望みを投げうってしまった。がおよそおのれの理想に達することを得る者はだれがあろう。
 司教の寝室は寝室としてこの上もなく簡素なものであった。一つの出入り口が庭に向かって開かれていて、それに向き合って寝台があった。それは緑のセルの帷《とばり》がかかってる鉄製の病院用寝台であった。寝台の陰の所の幕の向こうに、昔世に時めいた人の高雅な習慣の面影がなお残っている化粧道具があった。二つの扉《とびら》があって、一つは暖炉の
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