える費用を出し合ったが、彼はそのたびごとに金を受け取って、それを貧しい者に与えてしまった。彼は言った。「祭壇のうちでの最も美しいものは、神に感謝している慰められた不幸な人の心である。」
 祈祷所には祈念台の藁椅子《わらいす》が二つと、寝室には同じく藁をつめた肱掛椅子《ひじかけいす》が一つあった。偶然一度に七八人の客がある場合に、すなわち県知事や将軍や兵営の連隊参謀官たちや、または神学予備校の数人の生徒などが来る場合には、牛小屋のうちの冬の座敷の椅子や、祈祷所の祈念台や、寝室の肱掛椅子などを取りに行かなければならなかった。そのようにして客のために十一の座席だけは設けることができた。新しく客が来るごとに、各室の道具が持ち出された。
 時としては十二人の集まりとなることもあった。そんな時司教は、冬ならば暖炉の前に立ち、夏ならば庭を一巡しようと言い出して、その困った情況をまぎらすのであった。
 それからまたしめきった寝所に一つの椅子があった。しかしそれは、つめてある藁も半ば無くなり、足も三本きりなかったので、壁によせかけてでなければ役に立たなかった。バティスティーヌ嬢はまた自分の室の中に、以前
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