った。そこに住む者は、その室の奥に行くにはちょうど自分の運命のどん底へ行くように、しだいに低く身をかがめなければならない。ファンティーヌはもう寝台も持たなかった。ただ残っていたものは、掛けぶとんと自ら言っていた襤褸《ぼろ》と、床にひろげた一枚の敷きぶとんと、藁《わら》のはみ出た一脚の椅子だけだった。小さな薔薇《ばら》の鉢植《はちう》えを持っていたが、それも忘られて室の片すみに枯れしぼんでいた、他の片すみにはバタ用の壺《つぼ》があって水がはいっていたが、冬にはその水が凍って、氷の丸い輪で幾度も水のさされた跡がながく見えていた。彼女は前から羞恥の感を失っていたが、また身だしなみの心をも失った。そうなってはもうおしまいである。彼女はよごれた帽子をかぶって外に出かけた。暇がないのか、また平気になったのか、もう下着を繕いもしなかった。靴足袋は踵《かかと》が切れるに従って靴の中に引き下げてはいた。縦にしわが寄ってるのでそうしてるのがよく外からでもわかった。コルセットが古くなってすり切れると、すぐに裂けそうなキャラコの布でつぎを当てた。貸しのある人々は彼女をいじめ続けて、少しの休息をも与えなかった。
前へ
次へ
全639ページ中402ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング