《かわ》ききった土地の上の水のようなものだった。いかに彼は金を受け取っても、手には一文もなかった。そういう時、彼は身の衣をもはいだ。
司教たるものは、すべて宗教上の命令や教書の初めに自分の洗礼名を書く習慣になっていたので、この地方の貧しい人たちは、一種の本能的な愛情よりして、司教の種々な姓名のうちから意味のあるようなのを選んで、彼をビヤンヴニュ([#ここから割り注]訳者注 歓待の意[#ここで割り注終わり])閣下としか呼ばなかった。われわれもこれから彼らの例にならって、場合によっては彼をそう呼ぶことにしよう。その上、この呼び名は彼の気にいっていた。彼は言った、「私はその名がすきだ。ビヤンヴニュという言葉は閣下という言葉を償ってくれる。」
われわれは、ここに描かれてる彼の面影が真実らしいものであるとは主張しない、ただ本物に似よったものであると言うに止めておく。
三 良司教に難司教区
司教はその馬車代を施与に代えてしまったとはいえ、巡回をやめてしまったのではなかった。ディーニュの司教区は困難な土地であった。前に言ったとおり、平地は非常に少なく、山は多く、ほとんど道路という
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