がら、彼は自分が今まで何をしていたかも忘れてしまい、騒々しい行列に見とれてしまって、夢でもみてるような気持ちで、そこにぼんやりつっ立っていました。
するうちに、行列はいよいよ近づいて来まして、すぐ眼の前までやって来ました。すると、まっ先になってた一人が、松明を高くさし上げて、こちらをじっとすかし見て、ふいに声を立てました。
「いたいた……徳兵衛さんが……」
一同の者は駆け出してきて、すぐに徳兵衛を取り巻いて、四方から松明の光をさしつけて眺めました。
「しっかりしなさい。さあ、もう大丈夫だ。徳兵衛さん……何をぼんやりしてるんです……狐《きつね》に化《ば》かされたりして……」
背中をどんどん叩かれて、徳兵衛は初めて夢からさめたような気がしました。そしてまだ口が利《き》けないで、眼ばかりぱちぱちやっていました。
そのようすがまったく狐に化かされた者のようでした。何しろ四日の間、着のみ着のままで、湯にもはいらないでいたものですから、顔も着物もまっ黒に汚れてしまっていましたし、社殿《しゃでん》の床下からはい出してきたばかりで、頭には蜘蛛《くも》の巣《す》までひっかかっていました。
「おや、酒の匂《にお》いがしてるよ」と誰《だれ》かが言いました。
「なるほど、徳兵衛さんは酔っぱらってる。……化《ば》かしといて酒を飲ませるたあ、狐《きつね》も開けてるな」
一同の者は喜び勇んで、徳兵衛を捕まえて胴上《どうあ》げをして、わいしょわいしょと村の方へ運んでいきました。
徳兵衛は皆から宙に支《ささ》えられながら、今までのことをぼんやり思い出してみました。そして、まったく本当に狐に化かされたのじゃないかと思いました。思い始めると、どうしてもそれに違いないような気になりました。
「まったくおれは狐に化かされたのかな」
そして彼は、村に帰って皆から何を聞かれても、ちっとも覚えていないと答えました。
「まったく夢のようだ」
いくら考えても、酒を飲んだりごちそうを食べたりしたことだけで、その他のことは夢のようにぼんやりしていました。そしてしまいには、本当に化かされたんだと自分でも思い込んでしまいました。
村の人達はもとよりそれを信じていました。そして徳兵衛には、「狐に化かされた徳兵衛さん」という長いあだ名がつきました。
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ひでりは恐い、
ひでりの後には、
狐がでるよ……。
[#ここで字下げ終わり]
そんなことを村の子供達は歌いました。
底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月29日作成
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