きつね》の奴《やつ》め、食い荒らしに来ていやがった。もったいないことだ。おれがこれから一つ、番人についていてやろうかな。そして鎮守《ちんじゅ》様が召し上がった後を頂戴《ちょうだい》する分には、何も差し支《つか》えはなかろう。うむ、そうだ。……それにしても、村の人達に見つかっては、具合《ぐあい》が悪い………」
そこで彼は、方々探し廻って、結局|社殿《しゃでん》の床の下を隠れ場所に選びました。
それから彼は、もう村の中へ戻って行きませんでした。昼間は、社殿の床の下にもぐりこみ、古むしろを敷いた上に、木の切株《きりかぶ》を枕にして、うとうと昼寝をしました。社殿の床は高くて日陰で、涼しい風が吹き込んできて、いい気持ちでした。晩になると、のっそりはい出してきて、神殿の前に供えてあるものを飲み食いしました。退屈《たいくつ》すると、森の中や、少し遠く川の土手《どて》なんかを、ぶらぶら歩き廻りました。それから夜遅く戻ってきて、蚊《か》にさされないよう、頭からむしろをかぶって寝ました。朝早く起き出して、またごちそうや酒を頂戴して、いっぱいになった腹と酔っぱらった体とを、床の下のむしろの上に投げ出して、うとうとと昼寝を続けました。
村の人達は、雨が降ったのを有難《ありがた》がって、ごちそうや酒を毎日毎日鎮守様に供えに来ました。徳兵衛一人では食べきれないほど、たくさんの供物《くもつ》がありました。
三
長者の家では、徳兵衛が出ていったきり戻って来ませんので、どうしたのかと心配し始めました。それを聞いて村の人達も、やがて心配し始めました。
一日、二日、三日……いくら待っても徳兵衛は姿を見せませんでした。どこへ行ったのか、死んだのか生きてるのか、さっぱりわかりませんでした。
するうちに、徳兵衛らしい姿を見かけたという者が出て来ました。鎮守《ちんじゅ》の森の中をやたらに歩き廻っていた、という者もありますし、川の土手《どて》をよろよろ歩いていた、という者もありました。けれどどれもみな夜のことで、遠くから見かけたばかりで、はっきり徳兵衛だとはわかりませんでした。その上、近づいて行こうとすると、彼はびっくりしたように逃げていったというのです。
「不思議だなあ」
皆首をひねって考えました。
すると、誰言うとなく、徳兵衛は狐《きつね》に化《ば》かされたんだという噂《うわさ
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