》が立ち始めました。第一、徳兵衛は狐の好きな肴《さかな》を持って長者の家から出て、それきりいなくなったし、次には、鎮守様に供《そな》えたごちそうが毎日毎日食い荒らされているので、近くを狐がうろつき廻ってるに違いないし、それからまた、徳兵衛は昼間姿を見せないで、夜になって森の中や川の土手を歩いているようだし、いろいろ考え合わしてみると、どうしても狐に化かされたと思われるのでした。
 さて、徳兵衛が狐《きつね》に化《ば》かされたとすると、そのまま放ってもおけませんでした。狐に化かされた者は、五日も六日もふらふらと歩き続けて、しまいには森の中なんかで行き倒れになったり、川にはまって死んだりするようなことになるのです。
「徳兵衛さんが可哀《かわい》そうだ」
 村の人達はそう言って、いよいよある晩、狐に化かされた徳兵衛を探しに、出かけてみることになりました。
 そこで、村の壮健《そうけん》な人達が集まって、二三十人一かたまりになって出かけました。松明《たいまつ》、棒、太鼓《たいこ》、鐘《かね》、石油缶《せきゆかん》、そんなものをめいめい持っていきました。そしてそれを、どんどん、がんがん、打ち叩き打ち鳴らし、松明をふりかざし、棒を打ち振りながら、時々大きな声をそろえて呼びました。
「おーい……おーい……徳兵衛さーん……おーい……徳兵衛さーん……」
 一同はまず、狐の出そうな、そして徳兵衛の姿が見えたという、川の土手《どて》の方へやってゆき、それから次に、鎮守《ちんじゅ》の森の方へやってゆきました。

      四

 徳兵衛は、鎮守様に供《そな》えてある、御馳走を腹いっぱいに食べ、酒に酔っぱらって、社殿《しゃでん》の床《ゆか》の下に眠っていましたが、ふと眼を覚ましました。遠くの方に、何だかひどく騒々しい物音がして、それがだんだんこちらへやってくるようなんです。
「何だろう」
 眼をこすりこすり起き上がって、床の下からはい出して、森の端までいって眺めますと、大勢《おおぜい》の人が松明《たいまつ》をふりかざし、鐘《かね》や太鼓《たいこ》を打ち鳴らし、「おーい……おーい……」と呼びながら、川の土手《どて》から、こちらへやって来ます。そして時々、「徳兵衛さーん」と呼んでるようなんです。
「おや、おれの名を呼んでるようだが、おれがどうかしたのかな」
 酔っぱらった頭でそんなことを考えな
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