それから、皆で、飲んだり食べたり歌ったりしました。
その酒盛の一日がすむと、皆田畑に出かけて勇ましく働きだしました。
二
その村に、徳兵衛《とくべえ》という男がいました。ひとり者で、少し薄馬鹿《うすばか》ななまけ者で、家を一軒もつことが出来なくて、村の長者の物置小屋に住まわしてもらっていました。
鎮守の社で雨の御礼の酒盛があった翌日の朝早く、徳兵衛は長者の言いつけで、肴《さかな》を入れた籠《かご》と大きな酒の徳利《とくり》とをさげて、鎮守《ちんじゅ》様に供《そな》えに行きました。
そして、村はずれの森の中の、鎮守の社《やしろ》の前まで来ますと、びっくりして立ち止まりました。神殿《しんでん》の前にいろんなごちそうが並んでいますところに、大きな狐《きつね》が一匹うずくまっていて、ぺろぺろごちそうを食べています。
「おやあ……太い畜生《ちくしょう》だ」
肴籠《さかなかご》と酒徳利《さかどくり》とをそこに置いて、げんこつを握り固めながら、社の上に飛び上がりざま、狐に飛びかかっていきました。と、狐はひらりと身をかわして、横っ飛びに森の中へ逃げていって、見えなくなってしまいました。
徳兵衛はしばらくぼんやりしていましたが、思い出したように、肴と酒とを神殿の前に供えて、それからじっと考えこみました。
「またあいつが戻ってくるかも知れない。ちょっと番をしていてやろう」
そこにかがみこんで待ち受けましたが、狐はもう戻って来ませんでした。するうちに、うまそうなごちそうや酒の匂《にお》いが鼻についてきて、辛抱《しんぼう》しきれなくなりました。
「狐でさえ食べてるんだから、おれが少し頂戴《ちょうだい》したところで、まさか罰《ばち》は当たるまい」
そう思って、ほんの少しのつもりで手を出したのが始まりで、だんだん大胆《だいたん》になってきて、ごちそうをやたらに食い、酒をやたらに飲みましたので、腹はいっぱいになり酒の酔いは廻って、いい心持ちにうとうと居眠《いねむ》ってしまいました。
眼を覚ました時は、もう日が高く昇っていて、じりじりとした暑さになっていました。彼は酔っぱらったぼんやりした頭で考えました。
「ひどい暑さだなあ。こんな中をたんぼに出るのは、とてもかなわない。よい工夫《くふう》はないかな。……まてよ、せっかく村の人達が供《そな》えたごちそうや酒を、狐《
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