によく尽してくれた。中国の戦争、次で太平洋の戦争、そのために周は東京での生活が次第に窮屈になり、横浜の知人の家に身をひそめたが、千代乃は横浜にまでついて来てくれた。料理屋の女中をしながら、陰に陽に周を庇護し、周も彼女を頼りにした。
「言ってみれば、千代乃のスカートの中に、着物の裾の中に、わたしは頭を突っ込んで、そしてそんな時、最も安らかに息が出来るのでした。」
 戦後、東京の今の家に戻って来て、飲屋を始めてからも、千代乃は実によく働いてくれた。
 ただ、お互に、一つずつ祕密が出来た。
 当時の飲屋のことだから、ヤミの品物を扱うのは止むを得なかった。それから、第三国人は税金を免れることが出来た。それに眼をつけて、地廻りの男がよく飲みに来た。金を払う時よりも、払わない時の方が多かった。店の景気がよくなってくると、土地でも有力な尾高一家の者まで、ちょいちょい顔を見せるようになった。尾高自身も来た。その尾高の強請によって、千代乃は三万円の金を融通してやった。それが彼女の唯一の祕密だったのだ。
「女の祕密なんか、どうせばれるにきまっております。」と周さんは言った。「いや、ばれない前に、自分から白
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