さんの死体が横たわっていた場所だろう。その辺、草は踏み荒されていた。
周さんは鶴嘴をふるった。だがそれには及ばなかった。地面は案外柔かく、鍬だけで充分だった。二尺ばかり下に、小石交りの固い層があり、そこを鶴嘴で突破すると、また柔かくなった。四尺ほど掘った。
深夜のその作業は神祕じみていた。こそこそと侏儒どもが、地下の宝物を発き盗もうとしてるかのような、錯覚が起った。然し現実に、穴を掘ってるのは周伍文であり、側で見てるのはこの野島だ。なにか滑稽で忌々しく、笑殺したいのだったが、反対にふっと涙が湧いた。
「もういいだろう。」
あたりを憚る低い声で言った。
二人とも穴を覗き込んだ。ただ黒々としている。
俺は思いがけない自分の声を聞いた。
「アジアの憂鬱を、埋めよう。」
周さんは素直に答えた。
「アジアの憂鬱、埋めましょう。」
それも、果して二人の対話だったかどうか。
俺は木箱を周さんに渡した。周さんは木箱を穴に投げこんで、俺には全然意味も感情も通じない言葉を呟いた。それから鍬で穴を埋めた。地均しをして、草を分けて道に出た。へんに気がせいて、ゆっくりしておられない思いだった。道
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