がぐんぐん重くなってきた。
 もう止めなければいけない。いつも愛人についてのいざこざで頭を悩まし、毎日酒に酔って彷徨し、そして心身を消耗すること、もう止めなければいけない。死を思い、自殺を思うこと、もう止めなければいけない。津軽海峡のことなど、もう止めなければいけない。
 木箱はぐんぐん重くなった。
 車除けの石があって、俺はそれに腰を下した。
 周さんも立ち止った。
「どうかしましたか。」
「箱がとても重くなった。」
「では、わたし持ちましょう。」
「なあに、いいよ。」
 立ち上って、歩きだした。
「こんなこと、もうこれからは止めようよ。」
 周さんは素直に答えた。
「止めましょう。」
 暫く歩いた。
「もうこれからは、合理的に生きようよ。」
 周さんは素直に答えた。
「合理的に生きましょう。」
 それが、果して周さんとの問答だったかどうかは、分らない。
 焼跡の草原まで来て、月が出てることが分った。薄曇りの空の中天に、淡い半月があって、地上には靄の気が漂っていた。
 周さんは立ち止った。俺が千代乃さんを見かけた所だ。高い雑草の中に、周さんは数歩分け入り、そして地面を見つめた。千代乃
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