お山の爺さん
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)ご存《ぞん》じ
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一
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おうさむこさむ
やまからこぞうがないてきた
なーんとてないてきた
さむいとてないてきた。
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こういう歌を皆さんはご存《ぞん》じでしょう。この歌が流行《はや》り始めた頃には、おもしろい話がそれについていたものです。この歌をうたって山の近くでたき火をしていると、一寸法師《いっすんぼうし》の子僧《こぞう》が火にあたりに山から飛んでくる、というのです。
ある片田舎《かたいなか》の、山の裾《すそ》にある小さな村に、右のことがどこからか伝わってきた時、子供達は眼をまんまるくしました。考えれば考えるほど、おもしろくておかしくてしようがありませんでした。しまいには皆で集まって、山の小僧《こぞう》を呼んでみようということになりました。
村から少し離れた山のふもとに、松や柏《かしわ》やくぬぎや椎《しい》などの雑木林《ぞうきばやし》がありました。秋のことで、枯枝《かれえだ》や落葉《おちば》などがたくさん積もっていました。村の子供達はそこへ行って、林のふちの野原にたき火をしました。煙の下からぼうと火が燃え出してくると、皆は手をつないで、ぐるぐる火のまわりを廻りながら、大きい声で歌を歌いました。
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おうさむこさむ
やまからこぞうがないてきた
なーんとてないてきた
さむいとてないてきた。
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歌っているうちにますますおもしろくなって、しまいに皆は踊り始めました。
ところが、やがてたき火の火が燃えきってゆき、皆は歌うのに声が疲れ、踊るのに身体《からだ》が疲れてきても、一寸法師の子僧は出て来ませんでした。皆は歌も踊りもやめて、燃え残りの火を見たり、山の方を眺めたりしながら、がっかりしてしまいました。
けれど、一度では諦《あきら》められませんでした。子供達はそれから毎日のように雑木林の所へきて、たき火をし、歌をうたい、踊り廻って遊びました。今にきっと何か出て来るような気がしてきました。それにまた、その遊びはどの遊びよりもおもしろうございました。
二
ある日もまた、皆でその遊びに夢中になっていますと、山の方からさっと風が吹いてきて、青い空にゆるく立ち昇っていたたき火の煙が、ゆらゆらと乱れかけるとたんに、高い所で、アハハハ……と大きな笑い声がしました。子供達はびっくりして、歌も踊りも止めて見上げますと、髪の毛のまっ白な白髭《しろひげ》の大きなお爺《じい》さんが、煙の中にぼんやり浮き出して、にこにこ笑っています。おや! と思うまに、お爺さんの姿はすーっと消えてしまいました。
皆は夢でもみたような気がしました。けれども、とにかくお爺さんの姿が煙の中に実際見えたのです。一寸法師の子僧ではなくて人の何倍もある大きな白髪《しらが》白髭のお爺さんでしたけれど、ちっとも恐くないやさしい顔つきで笑っていたのです。
子供達はそれに元気づきました。そしてやはり毎日のようにそこへ来て、たき火をして遊びました。すると、必ず一度は煙の中に、お爺さんの笑い声が聞こえて姿が見えました。けれどそれはいつも、ほんのちょっとの間だけでした。
「あのお爺さんを煙の中から呼び出して、一緒に遊んでみたいなあ!」と皆は思いました。
そしていろいろ知恵をしぼって、お爺さんを呼び出す手筈《てはず》をきめました。
そこで、その日はいつもよりたくさんに枯枝《かれえだ》や落葉《おちば》を拾ってきて、中には生木《なまき》の枝までも交えて、煙が多く出るようにしました。皆はそれに火をつけてから、歌をうたい踊りをおどりながら、煙の中をじっと横目で見つめていました。やがていつもの通り、山の方からさっと風が吹いてきて、濃い煙がゆらゆらと横倒しに動くとたん、アハハハハハという高笑いと一緒に、お爺《じい》さんの姿がはっきり煙の中に現われました。そらッ! というので、みんなは立ち止まって、中の一人が話しかけました。
「お爺さんはどこから来たの?」
もう消えかけていたお爺さんの姿が、またにわかにはっきりしてきて、やさしい声で返事をしました。
「わしは山から来たのだ」
すると、待ち構えた次の子供が言いました。
「お爺さん、煙の中から出て来てくれない? 一緒に遊ぼうよ」
「そうさね」とお爺さんはちょっと考えるようなきつい顔つきをしました。「いや、まあ止そうよ。わしは山の爺さんで、お前たちと一緒に遊ぶと、お前達が風邪《かぜ》をひくかも知れないのだ」
すると今度は、三番目の子供が言いました。
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