「お爺さん、僕達が火を燃やしてる間は煙の中に残っていてくれない? それともお爺さんは僕達が恐いの?」
「アハハハハハ」とお爺さんは笑いました。「何とかかとか言って、わしを引きとめるつもりだな。だがわしは、いつまでも一つの所にじっとして居れないのだ。そんなにわしを引きとめておきたいなら、わしを捕《つか》まえてごらん。明日、わしはお前達のたき火の煙の中にいて、姿を見せないから、そのわしを捕まえてごらん。みごと捕まったら、ごほうびを上げる」
 そう言うかと思うと、お爺さんの姿はもう消えてしまいました。
 子供達は当《あて》が外《はず》れて、しばらくぼんやりしていましたが、やがてお爺《じい》さんの約束を思い出して、また元気づきました。そしてお爺さんを捕《つか》まえてやろうと決心しました。
 それは容易なことではありませんでした。煙の中にいる姿の見えない人を捕まえるのですから、それこそまったく雲をつかむようなものでした。皆でいろいろ相談したが、よい工夫《くふう》もつきませんでした。そのうちに、ある一人がふとおもしろいことを考えついて、それを皆に話しますと、皆は手を叩いて喜びました。それならきっと捕まえられると思いました。

      三

 翌日になって、村の人達がたんぼの仕事に出て行った後で、子供達は皆集まって、大変大きな紙の袋をこしらえました。それを持って、山のふもとの林の所へまいりました。
 それで、いつもの通りたき火をしました。けれど、あまりたくさん煙が出ないようにと、枯枝《かれえだ》や枯葉を少ししか集めませんでした。それに火をつけて、煙が立ち始めると、皆は大きな紙袋《かんぶくろ》の口を広げて、その中へ、煙をみんなあおぎ込んでしまい、そのあとをしっかと紐《ひも》で結《ゆ》わえました。お爺さんが煙の中にいるとすれば、もう煙と一緒に袋の中にはいってるはずです。
「お爺さんを捕まえた、捕まえた」と言って皆は踊り上がって喜びました。
 ところが、袋は大きくふくらんでそこに転《ころ》がってるきりで、中にお爺さんがいそうなようすも見えません。「お爺さん、お爺さん!」と呼んでも、何の返事もありません。子僕達は疑い始めました。そして、中をちょっとのぞいてみることにしました。
 皆集まって、大きな紙袋《かんぶくろ》の横の方を少し破いて、中をのぞこうとしました。すると、その破れ目から、中の煙がふーっと出て来ました。皆はあわてて、破れ目を押えました。がもう間に合いませんでした。外に出た煙の中に笑い声がして、お爺《じい》さんの姿が現われました。
 お爺さんは、あっけにとられてる子供達を見下ろしながら、笑顔をして言いました。
「お前達はえらいことを考えついた。わしを袋の中へ入れてしまったな。だが、袋の横腹《よこっはら》を破ってのぞいたのがいけなかった。煙は上へ上へと昇るものだから、下からのぞくとよかったのだ。……それにしても、とにかくお前達はえらい。ごほうびに、明日から、この林の中にいっぱいきのこがはえるようにしてあげよう。ただ、それを取る時には、ありがとうと言わないと、きのこはみななくなってしまうから、よく覚えておくがよい」
 そして、お爺さんの姿は消えてしまいました。

      四

 子供達は、お爺さんを捕《つか》まえそこないましたけれど、きのこのことを考えると、うれしくてたまりませんでした。
 翌日になると、子供達は朝早くから起き上がって、皆誘い合わして、胸をどきつかせながら、林の所へやって来ました。するとどうでしょう。林の中一面に松茸《まつたけ》や初茸《はつたけ》やしめじや……金茸《きんたけ》銀茸《ぎんたけ》などが、落葉や苔《こけ》の中から頭を出してるではございませんか。
「やあ、たくさんはえてる!」
 皆は我を忘れて、林の中に駆け込んで、きのこを取り始めました。ところが不思議なことには、その一つを取ってしまうと、今まではえてたのはもちろんのこと、手に取ったきのこまでが、煙のように消えてなくなりました。
 子供達はびっくりして、互《たが》いに顔を見合わせました。するうちに、ある一人がふと思い出しました。
「あ、しまった! ありがとうを忘れたからなくなったんだ」
 なるほど、きのこを一つ取るごとにありがとうと言わなければならなかったのです。
 子僕達は相談しました。お爺《じい》さんを呼び出して、謝った上で、またきのこをはやしてもらおうと考えました。それで、例の通りたき火をし、歌ったり踊ったりして、お爺さんが煙の中に出て来るのを待ちました。けれど、どうしたのか、お爺さんは出て来ませんでした。
 子供達は悲しくなって、中にはもう涙ぐんでる者さえありました。すると、ある一人が言い出しました。
「お爺さんは怒ってるに違いないや。だけど、お爺さんは
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