でなければ決して塩に手をつけない。もしこれが対談を以て為されるならば、時には口論をひき起し、争闘を招く恐れがないでもない。
 ところで、こういう風に述べると、如何にも現代のことのようであるが、右の話は実は、十五世紀の中葉、ヴェニスの航海者サ・ダ・モストが、旅行記のなかに書いてるものである。降っては、西暦一六二〇年にジョブソンが、一六七一年にムーエットが、一八五二年と一八七二年とにベランジェー・フェローが、同じような話をアフリカ西岸で聞き取っている。遙に溯っては、紀元前五世紀のギリシャの史家ヘロドトスが、既に書物の中に記述している。
 ヘロドトスに従えば、この暗黙の取引法を、カルタゴ人等はアフリカ西岸で用いていた。船を海岸につけると、商品を磯に並べ、それからまた船に戻って、狼烟をあげる。土人等はその相図を見て、海岸に走り出で、商品の側に適宜な黄金の量を置いて、奥に引込む。カルタゴの商人等は出かけてゆき、黄金の量が商品の価値に相応するものは、それを取って商品を残しておく。もし黄金の量が不足のものがあれば、それを共に残し、船に戻って、新たな提供を待つ。こんどはまた土人等が出てきて、欲する品に
前へ 次へ
全14ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング