下唇は厚く太く、顎のところまで垂れている。口の両角からは、牙のように長い歯が一本ずつ突出している。そしてその恐ろしい黒人も、体力を維持するために塩を必要とし、殊にその大きな下唇は、暫く塩を攝取しないでいると、暑気のために腐爛する恐れがある。
さて、こちらの塩の隊商等が、半日行程ほど退いて休んでいると、彼方の黒人等は、舟を操って河を渡ってくる。そして塩をよく調べ、その各塊の上に、至当だと思われる黄金の量をのせて、直に舟をこぎ戻してしまう。
やがて、商人等の方は、河岸に戻っていって、黄金の量が充分であるか否かを確める。充分である場合には、それを取って塩を残しておく。もし不充分であれば、黄金も塩も残しておく。その後で彼岸の人々がまたやって来て、塩だけのものは持ち去り、そうでないものには、或は更に黄金の量を足し加え、或は塩だけを残してゆく。
そういう風にして、彼等の取引は、互に口を利くこともなく、互に顔を見ることもなく、暗黙の約束のうちに行われる。そしてそれが如何にも忠実円滑に行われて、嘗て一人の不徳義な者も出ない。黄金の量が充分でなければ決してそれに手を触れず、また、黄金が取去られた後
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