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 アルメニア地方に伝わってる民話には、沈黙のうちに一国の外交が処理されるものさえある。
 むかし、或る国王のところへ、隣国から使者が来た。国王は大臣将軍等を左右に従え、玉座について、隣国の使者を迎えた。
 ところで、この隣国では、饒舌を軽蔑するばかりでなく、嫌悪さえしていた。言葉巧みに滔々と述べ立てる者は、余り人から信用されず、僅かな言葉で多くのことを云い現わす者ほど、人から信頼されたのみならず、一言も云わずに自分の意志を人に通ずる者や、一言の問いもかけずに他人の意志を悟る者が、最も尊敬されるのであった。
 そういう国から来た使者である。王の前に案内されると、一礼をしたまま、黙って進み出で、王の玉座のまわりに円を描いた。それからそこに坐りこんで、きっと唇を結び、王の顔を見ながら、返答を待つもののようである。
 王には、自分の玉座のまわりに描かれた円の意味が、どうしても分らない。眼付で、それから低い小声で、周囲の大臣や将軍たちに尋ねたが、誰にも分らないらしい。
 王はひどく苛立ってきた。自分を初めとして、大臣将軍等のうちに、隣国の使者の意味を判断する者が一人もいないとは、一国の名誉
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