君は一々座敷へ通して引見する。
全くそれは一の引見である。債権者の方では、上座に控えてる彼に対して、初めは丁寧に、それから縷々として、支払が余り延びてることや、自分の方の迷惑な事情や、または自分の立場の困ることなどを、真偽とりまぜて述べ立てる。或は懇願し、或は威嚇し、或は訓戒し、とにかく、話術の蘊奥をつくして説く。
その間、某君はただ黙然と坐っている。煙草を吹かすか窓外に眼をやるだけで、返事も碌にしない。そして最後に、相手が饒舌り疲れた頃になって、漸く口を開く。
「君の云うことはそれだけですか。」
相手は眼を白黒する。或は、これだけ云えば分るでしょうとか何とか、まあ答える。それへ疊みかける。
「只今、あいにく金がないんだ。この次にしてくれ給え。」
そこで、相手は言葉つきて、仕方なく引退ってゆくのである。
このてで、某君は借金取り逐返しの名人となった。一言も弁解の口を利かないというのが、その骨法なのである。沈黙を守っておればこそ、只今あいにく金がないという最後の一言が、件《くだん》の予言と同じく、必定な真実となる。真実の前には、如何なる債権者も引退るの外はあるまい。
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