、老僧はその処女を見た。爾来、煩悩の迷い逐えども去らず、老僧の魂は禽獣となって、遂にその娘を誘拐し、二人して洞窟内に蟄居した。
 昼となく夜となく、老僧は娘をかき口説いた。娘は頑として応じない。然しさすがは、カーマ・スートラを所有する印度のことだ。手荒な蛮行や、猥らな仕業は、微塵もない。その代りに、不可思議の情熱の生活が初った。
 二人は洞窟から一歩も外に出ない。勿論飲食さえもしない。娘は岩壁を背にして、身動きもせずに端坐している。老僧はその前に、足を組み腕を組んで、不動の祈願のうちに、じっと娘の姿を凝視している。煩悩即菩提の所業である。
 昼間は薄明、夜間は暗黒、月の夜は蒼白い微光がさす。そして巨巖に圧せられた静寂が、洞窟内に常住淀んでいる。娘は一言も口を利かない。既に抵抗力を失ったのか、或は一身をあげて承諾したのか。老僧の視線の前に一切を曝している。老僧ももはや、言語を絶した沈黙のうちにはいっている。娘を凝視するその眼から、一種の怪光が発散する。その怪光が、彼と彼女との肉体を繋ぎ、彼の魂から彼女の魂へと、じかに霊気が流れる。彼女の魂はそれを受け容れる。有を無に還元した怪しい時間が、
前へ 次へ
全14ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング