ながめた。彼は部屋じゅうにみなぎっているように思われる匂いについて、バグリオーニ教授の言ったことを思い出した。自分の呼吸には、毒気が含まれているに違いない。彼は身を慄《ふる》わした。――自分のからだを見て顫《ふる》えた。
やがて我れにかえって、彼は物珍らしそうに一匹の蜘蛛《くも》を眺め始めた。蜘蛛はその部屋の古風な蛇腹《じゃばら》から行きつ戻りつして、巧みに糸を織りまぜながら、いそがしそうに巣を作っていた。それは古い天井からいつもぶらりと下がるほどに強い活溌な蜘蛛であった。
ジョヴァンニはその昆虫に近寄って、深い長い息を吹きかけると、蜘蛛は急にその仕事をやめた。その巣は、この小さい職人のからだに起こっている戦慄のためにふるえた。ジョヴァンニは更にいっそう深く、いっそう長い息を吹きかけた。彼は心から湧いて来る毒どくしい感情に満たされた。彼は悪意でそんなことをしているのか、単に自棄《やけ》でそんなことをしているのか、自分にも分からなかった。蜘蛛はその脚を苦しそうに痙攣させた後、窓の先に死んでぶら下がった。
「呪われたか。おまえの息ひとつでこの昆虫が死ぬほどに、おまえは有毒になったのか」
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