と、ジョヴァンニは小声で自分に言った。
 その瞬間に、庭の方から豊かな優しい声がきこえてきた。
「ジョヴァンニ……。ジョヴァンニ……。もう約束の時間が過ぎているではありませんか。何をぐずぐずしているのです。早く降りていらっしゃい」
 ジョヴァンニは再びつぶやいた。
「そうだ。おれの息で殺されない生き物はあの女だけだ。いっそ殺すことが出来ればいいのに……」
 彼は駈け降りて、直ぐにベアトリーチェの輝かしい優しい眼の前に立った。
 彼は憤怒《ふんぬ》と失望に熱狂して、ひと睨みで彼女を萎縮させてやろうと思いつめていたのであるが、さて彼女の実際の姿に接すると、すぐに振り切ってしまうにはあまりに強い魅力があった。彼はしばしば彼を宗教的冷静に導いたところの、彼女の美妙な慈悲ぶかい力を思い出した。純粋な清い泉がその底から透明の姿を、彼の心眼に明らかにうつし出したとき、彼女の胸から神聖な熱情のほとばしり出たことを思い出した。彼はすべてのこの醜《みにく》い秘密は、世俗的の錯覚に過ぎないことを考えた。いかなる悪霧が彼女の周囲に立ちこめているように思われても、実際のベアトリーチェは神聖な天使《エンジェル》で
前へ 次へ
全66ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ホーソーン ナサニエル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング