る花束を一つ買った。
今は彼が毎日ベアトリーチェに逢う定刻であった。庭に降りてゆく前に、彼は自分の姿を鏡にうつして見ることを忘れなかった。――それは美しい青年にありがちな虚栄心からでもあり、かつは情熱の燃ゆる瞬間にあらわれる一種の浅薄な感情と、虚偽な性格との表象とも言うべきであった。彼は鏡をじっと眺めた。彼の容貌に、こんなにも豊かな美しさは、今までにけっして見られなかった。その眼にも今までこんな快活の光りはなかった。その頬にも今までこんな旺盛な生命の色が燃えていなかった。
「少なくとも彼女の毒は、まだおれの身体には流れ込んでいないのだ。おれは花ではないのだから、彼女に握られても死ぬようなことはないのだ」と、彼は思った。
彼はさっきから手に持っていた花束に眼をそそいだ。そうして、その露にぬれた花がもう萎《しお》れかかっているのを見たとき、なんとも言われない恐怖の戦慄が彼の全身をめぐった。その花は、ついきのうまでは生きいきとして美しい姿を見せていたのである。
ジョヴァンニは色を失って、大理石のように白くなった。かれは鏡の前に突っ立って、何か怖ろしいものの姿でも見るように、彼自身の影を
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