ころがったりしている姿が、度々《たびたび》見られました。時々、その上に(でもペガッサスは大層たべものがやかましい方でしたから)、たいへんおいしいうまごやしの花でもあると、ちょっとだけ食べてみたりしました。
 だから、今の人達の大おじいさん達が、若くて、翼のある馬がいるということを信じていた間は、美しいペガッサスを一目《ひとめ》見たいと思って、ピリーニの泉へと、いつもやって来たものでした。しかし、近年では、ペガッサスはほとんど姿を見せませんでした。実際、その泉へ三十分以内で行けるくらいな範囲に住んでいる土地の人のうちにも、ペガッサスを見たこともなければ、またそんなものが本当にいようとは思わないというような人達が沢山ありました。ビレラフォンが話しかけた田舎の人は、ちょうどこの、信じない方の人達のうちの一人だったのです。
 そして、その男が笑い出したわけも、そこにあったのでした。
『ペガッサスだって、へーえ!』その男は平べったい鼻を出来るだけ高く上に向けながら叫びました、『ペガッサスだって、へーえ! 翼の生えた馬、なるほどね! ほんとに、お前さん、正気ですかい? 馬にとって、翼がなんの役に立ちますかい? そんな馬が、うまく鋤《すき》を引張ることが出来ると、お前さんは思いますかい? 尤も、多少は蹄鉄の倹約にはなりましょう。その代りに、厩《うまや》の窓から飛び出されたり、――そう、ちょっと水車場まで乗って行こうと思っているのに、雲の上へ持って行かれてしまったりしたら、どんな気がしますかな? いや、いや! わしはペガッサスなんて信じませんよ。そんな鳥のお化《ばけ》みたいな、おかしな馬なんてありゃしませんよ!』
『僕はそうではないと考えるわけがあるんです、』とビレラフォンは静かに言いました。
 それから彼は、杖によりかかって、首を前に突き出して、一心に二人の話に耳を傾けていた白髪《しらが》のじいさんの方に向きました。そのじいさんが、片手を耳に当てていたのは、二十年このかた、耳がだんだん遠くなって来ていたからでした。
『そして、おじいさん、あなたの御意見は?』と彼は尋ねました。『あなたの若い時分には、きっとその翼の生えた馬を度々ごらんになったにちがいないと思うんですが!』
『ああ、若い旅の人、わしは覚えが悪うなってな!』とそのおじいさんは言いました。『もしもわしの記憶に間違いがなければ、わしは若い時分に、いつも、そんな馬がいるものと思っていたし、ほかの者もみんなそう思っていましたよ。しかし今では、どう考えていいやらちょっと分らないし、第一、翼のある馬のことなんか、あまり考えもしませんよ。もしもわしがそれを見たことがあったにしても、ずっとずっと前のことだし、それに、本当のことをいうと、実際に見たのかどうかも怪《あや》しいんです。尤も、或る日、まだ極《ご》く若い頃、この泉の岸のまわりに、いくつかの蹄《ひづめ》の跡を見たことは覚えていますよ。それも、ペガッサスの蹄の跡かも知れないし、またほかの馬の蹄の跡かも知れませんがね。』
『そして、美しい娘さん、あなたはペガッサスを見たことはありませんか?』水瓶を頭にのせて、彼等の話を傍で聞いていた娘に、ビレラフォンは尋ねました。『もしも誰か見ることが出来るものとすれば、ぱっちりとした眼をしているあなたが、きっとペガッサスを見そうなものですがねえ。』
『私、いつかペガッサスを見たように思いました、』その娘は、にっこり笑って頬を染めながら答えました。『それはペガッサスだったか、それとも大きな白い鳥だったか知りませんが、とにかくずうっと上の方を飛んでいました。それからまた、別な時に、瓶を持ってこの泉へ来ると、馬のいななきが聞えました。おう、それはどんなに元気な、響のいい声だったでしょう! それを聞いて、私の心は喜びにおどり上りました。そのくせ、私はびっくりしてしまって、瓶に水を汲みもしないで、家へ逃げて帰りました。』
『それはほんとに残念でしたね!』ビレラフォンは言いました。
 それから彼は子供の方に向きました。子供がいたことは、話のはじめにもちょっと言いましたが、彼は子供がよその人を見る時によくやるように、赤い口を大きくあけて、じっとビレラフォンを見つめていました。
『ええ、坊や、』と、彼の巻毛の一つを冗談に引張りながら、ビレラフォンは言いました、『君は翼の生えた馬を幾度も見たんじゃないかね?』
『見たよ、』と、待ちかまえていたように、子供は答えました。『僕は昨日もそれを見たし、その前にだって幾度も見たよ。』
『君はなかなかいい子だ!』ビレラフォンは彼を近く引きよせながら言いました。『さあ、その話をすっかり聞かしてくれたまえ。』
『あのう、僕ねえ、』子供は答えました、『泉でおもちゃの舟を走らしたり、底からきれいな小石を拾ったりしに、よくここへ来るんだ。そして、水の中を見ていると、そこに映っている空の影の中に、時々、翼の生えた馬の姿が見えるよ。僕は、それがおりて来て、僕を背中に乗せて、お月様まで飛んで行ってくれるといいと思うなあ! しかし、僕がその方を見ようとして、ちょっとからだを動かしても、もうそれはどこか遠くの方へ飛んで行ってしまって、見えないんだ。』
 そしてビレラフォンは、荷馬車をひく馬しか知らないような中年の田舎者や、若い時分の美しいものを忘れてしまったおじいさんなどの言うことよりも、水に映ったペガッサスの姿を見たという子供と、それが大変いい声でいななくのを聞いたという娘とを信じました。
 そこで彼は、その後幾日も幾日も、ピリーニの泉の辺へ、始終出かけて行きました。彼は翼のある馬の水にうつる姿か、或はその不思議な実物を見たいと思って、絶えず注意をして、空を見上げているか、でなければ水の中を見下していました。彼は光った宝石と金のくつわとのついた馬勒を、用意のために、いつでも手に持っていました。近くに住んでいて、牛をつれて泉の水を飲ませに来る田舎の人達は、度々気の毒なビレラフォンをあざ笑ったり、時には彼を責めたりしました。彼等はビレラフォンに、彼のような、いいからだをした若者は、そんなつまらないことに、暇をつぶしていないで、もっと立派な仕事をするのが本当じゃないかと言いました。彼がもしも馬が入用なら、馬を売ってやろうと彼等は言いました。ビレラフォンが馬なんか買わないといってことわると、彼等は、それなら彼の立派な馬勒を売らせようとかかりました。
 田舎の子供達までが、ビレラフォンを大変な馬鹿だと思ってしまって、彼の真似をしてふざけ散らして、失敬にも、彼がそれを見ていても、聞いていても、一向平気でした。たとえば、一人の小さな男の児《こ》は、ペガッサスの飛んでいるところだといって、思い切り変てこな恰好をして跳ね廻り、そのあとを、彼の学校友達の一人が、ビレラフォンの飾った馬勒をあらわしているつもりの、蒲《がま》のよじったものを一本持って、ばたばたと追っかけました。しかし、そうした意地悪小僧達がみんなで、その見知らぬ青年を苦しめる以上に、あの、水の中にペガッサスの影を見たという、おとなしい子供が、彼を慰めてくれました。この可愛い少年は、遊んでいる時には、よく彼の傍に来て坐って、一言《ひとこと》も口をきかないで、実に無邪気な本気さで、泉の中を見下したり空を見上げたりしているので、ビレラフォンも元気が出て来るのを感じないわけに行きませんでした。
 さて君達は、どうしてビレラフォンが翼のある馬をつかまえようとしたか、そのわけが聞きたいというでしょう。そして、そのことについて話をするのに、彼がペガッサスの現れるのを待っている間ほど、いい機会はありますまい。
 もしも僕がビレラフォンの今までの冒険をすっかりお話ししていたら、それだけで結構長い長い話になってしまうでしょう。だから、ただ、アジアの或る国に、カイミアラというおそろしい怪物が現れて、今から日が暮れるまでの間にはとても話し切れないほどの害をしていたというだけで沢山でしょう。僕が読んだうちでも一番いい本によると、このカイミアラというのは、今までに土からうまれた生き物の中でも、断然とまでは行かなくとも、おおよそ一番みにくい、有毒な動物で、また最も奇妙不可思議で、相手に廻してこれほど厄介なものはなく、逃げようにもなかなか逃げられない代物《しろもの》でした。それは尻尾がうわばみみたいで、胴体は何に似ているといっていいか分らないような恰好で、頭は三つになっていて、その一つは獅子、二番目は山羊、三番目はおそろしく大きな蛇になっていました。そして、熱い火の息が、それぞれ三つの口から燃え出していました! 地上の怪物ですから、翼があったかどうかは知りません。しかし、翼があったにせよ、なかったにせよ、それは山羊や獅子のように走り、蛇のようにのたくるという風にして、それら三つのものを全部うまく一しょにしたくらい速く動きまわりました。
 おう、この兇悪な動物は、実に限りない害をしました! その燃える息吹《いぶき》で以て、それは森林を火の海と化し、穀物畑を焼き尽し、あまつさえ、村をも、垣根や家もろともに焼き払いました。そしてあたり一帯を焼野原としてしまって、その上、人間や動物を丸呑みにしておいて、それから腹の中の竈《かまど》で料理をするのでした。おそろしいではありませんか、君達! 僕達はお互に、カイミアラのようなものに出あいたくないものですね。
 この憎むべきけもの(無理にもそれをけものと云えるとすれば)が、いろいろこうした恐ろしいことをやっている最中に、ちょうどビレラフォンが、その国の王様を訪ねてやって来ました。その王様の名前はアイオバティーズといい、治めている国はリシアといいました。ビレラフォンは世にも勇ましい青年の一人で、彼の何よりの望みは、世界中の人にほめられ、愛されるほどの勇ましい、そして世のため人のためになるような手柄を立てることでした。その時代には、青年が名をあらわすためには、彼の国の敵と闘《たたか》うか、悪い巨人か、厄介な大蛇かを向うに廻すか、それとも他にそれ以上危険な相手が見つからない時には、野獣を退治て見せるとかするほかありませんでした。アイオバティーズ王は、この若い客人の勇気をみとめて、彼に、行ってカイミアラと闘って見てはとすすめました。ほかの誰もがそれをおそれていて、そのままにしておいては、リシアの国が荒野にされてしまいかねなかったからです。ビレラフォンは少しもためらわないで、彼がこの、みんなのおそれているカイミアラを倒すか、或は闘って自分が死ぬかだと、王様に約束しました。
 しかし、先《ま》ず第一に、その怪物はおそろしく速いので、彼は徒歩《かち》で闘っては、とうてい勝てないと思いました。だから、一番利口なことは、どこかで、またとないような勝《すぐ》れた、足の速い馬を見つけて来ることでした。ところが、脚のある上に翼まで生えていて、地上でよりも空中に於《おい》て更にからだが利くという不思議な馬ペガッサスほどすばしこい馬が、世界中どこを捜しても、ほかにあるでしょうか? いかにも、大多数の人は、翼の生えた馬なんかあろう道理はない、ペガッサスのことなんか全然つくりごとで、ナンセンスだと言いました。しかし、いくら不思議なようでも、ビレラフォンはペガッサスが本当にいる名馬だということを信じ、どうかしてうまくそれを自分で見つけたいものと思いました。そして、一旦その背にしっかりと跨がれば、もう彼は、カイミアラに対して有利に闘うことが出来ると思いました。
 そして、彼がはるばるリシアからギリシャへやって来たのも、美しく飾った馬勒を持って来たのも、このためでした。その馬勒には魔法がかけてありました。もしも彼がペガッサスの口に、うまくその金のくつわをはめることが出来さえすれば、翼のある馬もおとなしくなって、ビレラフォンを主人として、彼の手綱の引き方一つで、どっちへでも飛んで行くでしょう。
 しかし、実際、ペガッサスがいつかはピリーニの泉へ水を飲みに来るだろうと思って、ビレラフォ
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