った普通の土焼の壺と、ちっとも変らないものになってしまったのさ。』
『ああつまんない!』と、子供達は一斉に叫んだ。
犬のベンは、もっともらしい顔をして、一行のお供をしていたが、今日は、ニューファウンドランド種の大分大きくなった仔犬も一しょにお供をしていた。この方は、ちょうど熊のように黒かったので、熊公《ブルイン》の名で通っていた。ベンは相当年も取っていたし、たいへん用心深いたちでもあったので、従兄ユースタスは、四人の小さな子供達に何事もないように、番をするため、御苦労ながら彼等の傍に居残ってもらうことにした。黒い熊公《ブルイン》の方は、それ自身がまだほんの仔犬だから、子供達に、めちゃにじゃれついて、彼等の足にからみついて、山からごろごろところがり落ちさせたりしてはいけないというので、ユースタスは自分で連れて行くのが一番いいと思った。カウスリップとスウィート・ファーンとダンデライアンとスクォッシュ・ブロッサムとに、ここにおいて行くから、なるべくじっと坐って待っているようにと注意して、ユースタスはプリムロウズその他の大きい方の子供達をつれて、また丘を登りはじめたが、まもなく木立の中へ消えて行った。
[#改丁]
禿げた頂上
――「カイミアラ」の話の前に――
ユースタス・ブライトと連れの子供達とは、急な、森になった丘の中腹を、どんどんと上の方へ登って行った。木はまだ青葉にはなっていなかったが、芽は既にうすい影を落すくらいには萠《も》え出ていて、一面に日の光をうけて緑色に輝いていた。古い、茶色の落葉に半ば埋《うず》まった、苔むした岩があった。ずっと以前に倒れたままの場所に、長々と横たわっている腐った木の幹があった。冬の嵐に振り落されて、そこら中に散らばっている朽ちた大きな枝があった。そうしたいろいろのものは、大変古く見えているにもかかわらず、森はやはり、今生れ出たばかりの生命の姿だった。というのは、どっちへ目を向けても、生々《いきいき》とした、緑色のものが芽を吹いていて、今にも夏を迎えようとしていたから。
とうとう、ユースタスと子供達とは、森の上のはずれまで辿りついて、ほとんど丘の頂上へ来たことを知った。この丘の頂上は、尖《とが》った峰でもなく、大きな円味《まるみ》を持った天辺《てっぺん》でもなく、かなり広い平地、つまり高台になっていて、少し向うの方に、納屋《なや》のある家が一軒建っていた。その家には、世の中とはかけはなれたような一家族が住んでいた。そして、雨を降らしたり、谷間に吹雪《ふぶき》を積らせたりする雲が、この佗《わび》しい、淋しい住居よりも下の方にかかることもめずらしくなかった。
丘の一番高いところには石が積んであって、そのまん中に長い棒を立て、その棒のさきには、小さな旗がひるがえっていた。ユースタスは子供達をそこへ連れて行って、彼等に、四方を眺めて、われわれの住む美しい世界がどんなに広く一目《ひとめ》で見渡せるか、まあ見るがいいと言った。そして、子供達は四方の景色を見て、目をまるくした。
南の方に見えるモニュメント山は、相変らず景色の中心にはなっていたが、何だか、低く落ち込んでしまって、今では沢山の丘のかたまりのうちの、あまり目立たない一つのような気がした。その向うに、タコウニック山脈が、今までよりも、高く、大きく見えた。われわれのきれいな湖が、その小さな湾や入江をすっかり見せていた。そして、それ一つだけではなく、今まで見たことのない湖が二つ三つ、太陽にむかって碧《あお》い眼をあけていた。それぞれ教会堂のある、いくつかの白い村が、遠くの方に散らばっていた。幾|町歩《ちょうぶ》もある森林や、牧場や、草刈場や、耕地などのある農家が、あまり沢山あるので、子供達の頭は一杯になってしまって、そうしたいろいろのものを、みんな詰め込みきれないほどだった。それからまた、彼等が今日まで世の中のとても大切な頂上のように思っていた、タングルウッドがあった。それが、こうして見ると、ほんのちょっとした場所を占めているだけなので、その在処《ありか》を見つけるまでには、とんだ遠方を眺めたり、右や左を見たりして、みんなで相当長い間捜したのだった。
白い、羊の毛のような雲が空に浮かんで、山野《さんや》のここかしこに、黒い影を投げていた。しかし、まもなく、影になっていたところに陽が当って、影はほかのところへ移って行った。
はるか西の方に、青い山脈が見えていたが、ユースタス・ブライトは、それがキャッツキルの山々だと子供達に教えた。あのぼんやりとかすんだ山の中に、幾人かの年取ったオランダ人が、いつ終るとも知れない九柱戯をやっていたところがあって、またリップ・ヴァン・ウィンクルという怠者《なまけもの》が、二十年もぶっ続けに眠ったというのもそこだと彼は話した。子供達はユースタスに、その不思議な事柄について、すっかり話してくれと熱心に頼んだ。しかしその学生は、その話はもう、前に一度話した人があって、それ以上上手にはまたと誰もやれないくらいで、それが「ゴーゴンの首」や「三つの金の林檎」その他の不思議な伝説ほど古くなるまでは、誰にもその一言《ひとこと》だってつくり変える権利はないのだと答えた。
『でも、』とペリウィンクルは言った、『あたし達がここで休んで、方々を眺めている間に、あなたは御自分でつくった、ほかの話をして下さるくらいなことは出来るでしょう。』
『そうよ、ユースタスにいさん、』とプリムロウズは叫んだ、『あたしあなたがここでお話をして下さるようにおすすめするわ。何か高尚な題を考えて、あなたの空想がそこまで行けないものか、ためしてごらんなさい。多分山の空気が今日に限って特別にあなたを詩的にすると思うわ。そして、そのお話が、どんなに変った、不思議なものでもかまいません。あたし達はこうして雲の中にいるんだから、どんなことでも信じることが出来ますわ。』
『じゃ、昔、翼の生えた馬がいたなんてことを本当に出来る?』とユースタスは尋ねた。
『ええ、』と生意気なプリムロウズは言った、『しかし、あなたはとてもそれをつかまえられそうもない気がするわ。』
『それくらいなことはなんだ、プリムロウズ、』と学生は答えた、『僕は多分ペガッサスをつかまえることは出来そうだ。その上、僕の知っている十人以上の人物に負けないくらい上手に、それに乗ることも出来そうだな。とにかく、ペガッサスについての話があるんだ。そして、ほかのどんなところよりも、その話をするには、こうした山の上がいい。』
そこで、彼は積んである石の上に腰をおろし、子供達はその下にかたまって、ユースタスは、近くを飛んで行く白い雲をじっと見つめながら、次のように話しはじめた。
[#改ページ]
カイミアラ
古い、古い昔のこと(というのは、僕がお話するような不思議なことはみんな、誰も覚えていないような大昔に起ったことですから)、不思議の国、ギリシャの或る丘の中腹から、一つの泉が湧き出ていました。そして、何千年もたった今日《こんにち》でも、やはりそれは全く同じ場所から湧き出ていることだろうと僕は思います。とにかく、その気持のいい泉が、金色の入日をうけて、こんこんと湧き出して、きらきらと光りながら丘を流れ下りていると、ビレラフォンという立派な青年がその水際《みずぎわ》に近づいて来ました。彼はその手に、光りかがやく宝石で飾って、金のくつわをつけた馬勒《ばろく》を持っていました。その泉のそばには、一人のおじいさんと、中年の男と、小さな男の子と、それからまた、瓶《かめ》で水を汲んでいる娘とがいましたが、それを見ると、彼は立止まって、水を一杯御馳走して下さいと頼みました。
『これは大変おいしい水ですね、』彼はその娘から瓶を借りて水を飲んでから、それをすすいで、水を一杯入れながら言いました。『この泉に何か名があるかどうか、僕に教えてくれませんか?』
『名はございます。ピリーニの泉といって、』と娘は答えて、それからつけ加えて言いました、『このきれいな泉は、もとは美しい女でしたが、彼女の息子が女猟人ダイアナの矢に当って死んだ時、その女が溶けてすっかり涙となってしまったのだと、私のおばあさまが申しておりました。ですから、あなたがそれほどつめたくておいしいとお思いになるこの水も、実はその可哀そうな母親の心の悲しみなんです!』
『どくどくと噴《ふ》き出して、蔭から日向《ひなた》へと嬉しそうに踊って行くように流れるこんなにきれいな泉が、その中に一滴の涙でも含んでいようなんて、僕は夢にも思わなかったなあ!』見知らぬ青年は言いました、『それでつまり、これがピリーニの泉なんですね? きれいな娘さん、この泉の名を教えて下さって、どうもありがとう。僕は遠い国から、実はここをたずねて来たんです。』
この泉の水を飲ませるために牝牛をつれて来ていた中年の田舎者が、若いビレラフォンと彼が手に持っている立派な馬勒とを、じっと見つめました。
『お前さんの土地じゃ、川の水が減ってしまったんだね、にいさん、』彼は言いました、『こんなに遠くまで、ピリーニの泉を見つけるだけのことで、やって来なさったところを見るとね。しかし、一体、お前さんは馬に逃げられなさったかね? お前さん、手に馬勒を持っていなさるじゃないか。それも二列に、光った宝石のついた、きれいな品だ。もしも馬が、その馬勒みたいに立派なものなら、それに逃げられたお前さんは、随分気の毒な方だ。』
『馬なんかなくしゃしませんよ、』ビレラフォンはにっこり笑って言いました。『しかし、僕はちょうど、大変名高い馬を捜しているところなんです。かしこい人達が僕に教えてくれたところによると、その馬が、何処かにいるとすれば、この辺にちがいないというのです。翼のある馬ペガッサスが、あなた方の祖先の時代によくこの辺にあらわれたように、今でもやはりやって来るかどうか、御存じですか?』
しかし、これを聞くと、その田舎の人は笑い出しました。
君達のうちには、多分、このペガッサスというのは、美しい銀色の翼をした、真白な駿馬《しゅんめ》で、大抵はヘリコン山の頂《いただき》で暮らしているのだということを聞いた人があるでしょう。それは空中を飛ぶ時、雲の中までも舞上るほどのどんな鷲にも負けないくらいに、荒く、速く、身軽でした。世の中に、これほどのものは、ほかにありませんでした。それは仲間もなく、またそれに乗ったり、馬勒をかけたりして、主人となった人もまだありませんでした。そして、長年の間、それはひとりきりで、幸福に暮らしていました。
おう、翼のある馬になったら、どんなにすばらしいでしょう! ペガッサスは事実、夜は高い山の頂《いただき》に眠り、昼間は大方、空中を飛び廻っていて、ほとんど地上のものとは思えませんでした。それが人々の頭上高く、銀色の翼に陽をうけて飛んでいるのを見ると、それは空のものだという気がしたでしょうし、また少し低く降りすぎた時には、地上の霧や雲にふみ迷って、帰りの道を捜しているのだと思われたことでしょう。それが白く光った羊の毛のような雲のまん中へ飛び込んで行って、ちょっとの間その中に姿を消したかと思うと、今度は反対の側から飛び出して来るのを見ていると、実にきれいでした。また、陰気な雨風になって、空が一面の灰色の雲におおわれている時、この翼のある馬がまっすぐに雲を突き抜けて下りて来て、そのあとから雲の上の嬉しい光がさすようなことが時々ありました。次の瞬間には、もっとも、ペガッサスもその嬉しい光も一しょに、消え去ってしまうのでしたが。しかし、運よくこの不思議な光景を見た人は誰でも、その後一日中、嵐のつづいている間は、愉快な気持になりました。
夏の時分、この上もない上天気の日には、ペガッサスはよく地上におりて来て、その銀色の翼をたたんで、気晴らしに、丘や谷を越えて、風のような速さで駆けることがありました。ほかのどこでよりも、ピリーニの泉の近くで、おいしい水を飲んだり、岸のやわらかい草の上に
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