ば、彼等がみんなでユースタスを取巻いて集まっているのを見るだろう。彼は木の切株に腰かけて、ちょうどこれから何か話を始めるところらしい。実は、子供達のうちの小さい方の連中には、この丘の長い登り道が、彼等の小さい股ではとてものぼり切れないということが分ったのだ。だから、従兄ユースタスは、ほかの連中が頂上まで行って帰ってくるまで、登り道の中程にあたるこの辺のところに、スウィート・ファーンとカウスリップとスクォッシュ・ブロッサムとダンデライアンとを残しておくことにきめたのだ。しかし、彼等が不平を言って、あまりあとに残りたがらないので、彼はポケットからいくつかの林檎を出して来て、彼等にくれてやり、その上、彼等に大変いい話を聞かせてやろうと言って見た。すると彼等は機嫌をなおして、泣面《なきつら》が大にこにこに変ってしまった。
その話のことなら、わたしはその辺の藪のかげにいて、それを聞いたので、次の頁からまた、それを読者にお伝えしようと思う。
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不思議の壺
ずっと昔の或る夕方のこと、フィリーモン爺さんと、そのおかみさんのボーシス婆さんとが、彼等の小さなお家《うち》の戸口に坐って、静かな、美しい日暮時《ひぐれどき》を楽しんでいました。彼等はもう、つましい夕飯もすんで、寝るまでの一二時間を、静かに過ごそうというのでした。そんなわけで、彼等は家の庭のことや、乳牛のことや、蜜蜂のことや、葡萄の木のことなどを語りあいました。葡萄の木はお家の壁一杯に這っていて、葡萄が紫色になりかけていました。しかし、すぐ近くの村で聞える子供達の乱暴な叫び声と、はげしく吠える犬の声とが、だんだん高くなって来て、とうとうおしまいに、ボーシスとフィリーモンとは、お互の言ってることが、ほとんど聞き取れないくらいになってしまいました。
『ああ、婆さん、』とフィリーモンは叫びました、『誰か気の毒な旅人が、向うの村で宿を乞うているのに、御飯をたべさしたり、宿を貸したりするどころか、村人達はまたいつものように、犬をけしかけたりしているんじゃないかなあ!』
『ほんとにねえ!』とボーシスは答えました、『村の人達が、も少し他人様に親切な気持になってくれるといいのにねえ。それにまあ、子供達をあんな悪い育て方をして、よその人に石を投げつけると頭をなでてやるというわけなんだからねえ!』
『あの子供達は、決してろくなものにならないね、』フィリーモンは白髪頭《しらがあたま》を振りながら言いました。『本当のところ、お前、彼等が行いを改めないと、あの村の人達全体の上に、何かおそろしいことが起りそうだぜ。しかし、お前とわしとは、神様がパンの一かけらでも恵んで下さる間は、気の毒な宿のない旅の人が通りかかって、ほしいといったら、いつもその半分を上げることにしたいもんだね。』
『そうだとも、じいさん! わたし達はそうしましょうとも!』ボーシスは言いました。
この老人夫婦は――いいですか――まるで貧乏で、食べて行くためには、かなりひどく働かなくてはならなかったんですよ。フィリーモン爺さんは、お庭で一生けんめいに働きました。一方、ボーシス婆さんは、いつもいそがしそうに糸をつむいだり、おうちの牛の乳から少しばかりのバタやチーズをつくったり、そのほか、何や彼《か》やと家の中で立働いていました。二人のたべものは、パン、牛乳、お野菜、それから時々、おうちの蜜蜂の巣から取った蜂蜜がすこし、たまには、おうちの壁になった一房の葡萄、といったようなもので、ほかにはほとんど何もありませんでした。しかし、彼等はこの上もない親切な老夫婦で、戸口に立つ、疲れ切った旅人に対して、一きれの黒パンや、一杯の新しい牛乳や、一匙の蜂蜜をことわるよりも、いつでも喜んで自分達の御馳走を抜きにするという風でした。彼等は、そうした客には、何かしら神聖なところがあるような気がしました。だから、そうした人達を、彼等自身よりも大事に、十分にもてなさなければならないと思ったのです。
彼等の小さな家は、半マイルばかりの幅の、くぼんだ谷にある村から少しはなれた、小高いところにありました。その谷というのは、まだ世界が新しかった昔の時代には、おそらく湖の底にでもなっていたのでしょう。その湖には、魚が深いところをあちこちと泳ぎまわり、岸の方には水草が生え、木や丘はその広い、静かな水面に影をうつしたことでしょう。しかし、水がだんだんと退《ひ》いて行ってしまった時、人達はそこの土をたがやし、そこに家を建てました。そして今では地味の肥えた所となって、ほんの小さな谷川のほかには、昔の湖のあとはなんにも残っていませんでした。その谷川は、村のまん中をうねうねと流れて、村人達がその水を使っていました。この谷の水が退《ひ》いてからは、もう随分久しくなるので、樫の木が生え出して、大きく、高くなり、年月を経て枯れて行って、またそのあとのが生えて、最初のと同じくらい高く、立派になっていました。これほどきれいな、これほどみのりのよい谷は、またとありませんでした。こうして、あたりのものすべてが豊かであるということを見ただけでも、そこに住む人々は、やさしく、親切になって、他人をよくしてあげることによって、すすんで神の御心に対する感謝をあらわすべき筈でした。
しかし、困ったことには、この美しい村の人達は、神様がこれほどやさしく、いつくしみを垂れた場所で暮らす値打はありませんでした。彼等は大変|身勝手《みがって》な、薄情な人達で、貧乏な人達を憐れみもしなければ、家のない人達に同情もしませんでした。彼等は誰かが、人間というものは、神様から受けた愛と保護との御恩を、ほかに返しようがないから、人間同志お互に愛し合うようにしなければならないと教えても、ただあざ笑ったでしょう。僕がこれから君達に話そうとすることを、君達はほとんど本当にしないかも知れません。これらの悪い人達は、彼等の子供達を彼等よりもいい人になるように教えないばかりか、小さな男の子や女の子が、どこかの気の毒な旅の人のあとを追っかけて、あとからはやし立てて、石を投げつけているのを見ると、えらいえらいといったように、いつも手をたたくのでした。また彼等は、大きな、きつい犬を飼っていて、旅人が思い切ってその村の通りへはいって行こうものなら、早速このやくざ犬の一群が飛び出して来て、吠えたり、唸ったり、歯をむき出したりするのでした。そして、旅人の脚にでも、着物にでも、手あたり次第にくいつきました。だから、来る時からぼろをまとっていた人などは、やっとのことで逃げ出すまでに、もう大抵は目もあてられないような姿になってしまいました。君達にも想像がつくでしょうが、気の毒な旅人が病気だったり、衰弱していたり、びっこだったり、年寄だったりした場合には、とりわけこれはおそろしいことでした。そうした旅人達は、これらの不親切な村人や、いけない子供達や犬共が、いつもどんなに悪いことをするかということが一ぺん分ったら、もう二度とその村を通り抜けようとはしないで、わざわざ幾マイルも幾マイルも廻り道をして行くのでした。
これ以上悪いことはちょっと考えられない気がしますが、しかしなお悪いことには、お金持の人達が、揃いの服を着た召使達を引きつれて、馬車に乗ったり、立派な馬に跨がったりして通りかかると、この村の人達ほど丁寧《ていねい》で、ぺこぺこする連中もないという有様でした。彼等は必ず帽子をとって、この上もなく丁寧におじぎをしました。もしも子供がお行儀が悪かったら、たいてい横面《よこつら》の一つも張り飛ばされました。それから犬にしても、沢山いる中の一疋でも唸ったりしようものなら、たちまち主人に棍棒で打たれて、飯《めし》を食わせられないで縛《しば》りつけられました。これもみんな大変結構なことに違いありません。しかし、人間の心の中には、乞食にでも殿様にでも、同じように貴いものがあるのですが、そんなものには一向おかまいなく、ただお金持の旅人の財布の中のお金を目あてに、この村の人達はそんなことをするのだということがすぐ分りました。
フィリーモン爺さんが、村の通りの向うの端の方から聞えて来る子供達の叫び声や、犬の吠える声を聞いた時、あんなに悲しそうに口をきいたわけが、これで君達にも分ったでしょう。そのがやがやした騒ぎは、相当長くつづいて、大方谷の向うの端からこちらまでやって来たようでした。
『わしはまだ犬がこんなに大きな声で吠えるのを聞いたことがない!』といいおじいさんは言いました。
『子供達があんなに乱暴に騒いだこともありませんね!』といいおばあさんは答えました。
彼等はお互に、頭を振りながら坐っていました。その間に、騒ぎはだんだん近づいて来ました。そしてとうとう、彼等の小さな家の建《た》っている小高い丘のふもとを、二人の旅人が歩いてこちらへやって来るのが見えました。彼等のすぐあとから、くっつくようにして唸りながら、きつい犬共がついて来ました。それから少しはなれて、子供達の一群が駆けて来て、金切り声をはり上げて、その二人の旅人に向って、力いっぱい石を投げつけていました。二人のうちの若い方の男(彼はほっそりとして、大変活発な身体《からだ》つきをしていました)が、一二度うしろに向きなおって、手に持った杖で犬を追払いました。彼の連れの、大変背の高い方の人は、犬共にも、またその犬の真似をしているらしい子供達にも、目をくれることさえ馬鹿らしいといったような風に、平気で歩いて来ました。
旅人は二人とも、大変粗末な身形《みなり》をして、財布には宿賃を払うだけのお金もなさそうに見えました。そして、この人達に対して、子供や犬があんなに乱暴なことをしているのに、村の人達が黙って見ていたのは、おそらくこのためではなかったかと思います。
『さあ、お前、』とフィリーモンがボーシスに言いました、『あの気の毒な人達を迎いに行こうじゃないか。きっとあの人達は、がっかりしてしまって、丘を登って来られないかも知れないから。』
『お前さん行ってお迎えして下さいよ、』ボーシスは答えました、『その間にわたしは急いでうちへはいって、あの人達に何か晩御飯を差上げられるかどうか見ましょう。一杯のおいしいパン入り牛乳は、あの人達の元気を引立てるのに、不思議なくらいききめがあるでしょう。』
そこで、彼女は急いで家へはいりました。一方、フィリーモンは出かけて行って、この上もなく親切な調子で、
『ようこそ、旅の方々《かたがた》! ようこそ!』と言いましたが、彼の手をさし出す時の、いかにも喜んで迎える様子で、そう言われないまでも旅人達には彼の親切がよく分りました。
『ありがとう!』大変くたびれて、また困っていたにも拘らず、二人のうちの若い方が、元気な調子で答えました。『これはまた、向うの村で受けたのとは、まるで違った挨拶ですね。一体、あなたはどうしてこんなに柄《がら》の悪い所に住んでいるんです?』
『ああ!』フィリーモンは、静かに、やさしく笑って言いました、『ほかにもわけはありましょうが、神様はわしをここに置いて、村の人達がひどくしたお前さん方に、出来るだけの償《つぐな》いをするようにとのお心だと思いますのじゃ。』
『よくも言って下さった、おじいさん!』と旅人は笑いながら叫びました、『そして、実際のことをいうと、僕の連れと僕とは、本当に何とかしてもらいたいところなんですよ。あの子供達(まるで小ギャングですね!)は、泥のかたまりを投げつけて、僕達をすっかり泥だらけにしてしまいました。それから、やくざ犬のうちの一疋が、もとから大分ぼろだった僕の外套を引裂いてしまうし。しかし僕はそいつの鼻っぱしを、杖で横から打ってやりましたよ。こんなに遠くても、そいつが鳴いたのが聞えたろうと思いますがね。』
フィリーモンは彼が大変元気なのを見て、嬉しく思いました。また、実際、誰しも、彼の顔附や様子を見ると、長い一日の旅に疲れ切っている上に、最後になってひどい目に遇ったのでがっかりしているとは思えなかったでしょう。
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