としよう、』巨人は答えました。『いずれにしても、お前は、もしもこの先百年、いやどうかすると千年もそれを背負っていなければならないことになっても、不平を言っちゃいかん。わしは背中が痛かったのに、それよりも大分長く背負ってたからなあ。まあ、その上で、千年もたって、もしもわしの気が向くようなことがあったら、また交代することになるかも知れない。お前はたしかに、大変強い男だ、そして、それを証明するのに、決してこれ以上の機会はありっこないよ。後世の語り草になること請合《うけあい》だ!』
『ちぇっ! 後世の語り草なんか、ちっともありがたくないや!』ハーキュリーズは、もう一ぺん肩をしゃくりながら叫びました。『ほんとにちょっとの間でいいんだから、空を君の頭に乗っけといておくれよ、ねえ、いいだろう? 重みのかかるところへ、獅子の皮を当てたいんだよ。重みで肩や背中が赤むけになって、何百年もここに立ってる間には、よけいな痛い目をすることになるからね。』
『そりゃ尤もだ。わしが持っててあげよう!』と巨人は言いました。というのは、彼はハーキュリーズに対して、別に不親切な気持はなく、ただ自分で楽《らく》がしたさに、身勝手な振舞をしていただけなんですから。『ほんの五分間だよ。そしたらまた、空を返すからね。五分間だけだよ、いいかね! わしは今までの千年を送ったような風に、またこれからの千年を送るつもりは更にない。目先が変るということに、生活の味があるというものさ!』
 ああ、この巨人のじいさん、総身に智恵が廻りかね、というところです! 彼は金の林檎を抛《ほう》り出して、ハーキュリーズの頭と肩から、もともとそれが乗っていた自分の頭と肩へ、空を受取りました。そこでハーキュリーズは、南瓜《かぼちゃ》ほどもある、いやそれよりも大きいくらいの三つの金の林檎を拾い上げて、あとから大きな声で彼を呼んでいる巨人の雷のような叫びには一向おかまいなく、さっさと帰りの旅路に就きました。また新しい森が、巨人の足のまわりに生え出して、古くなって行きました。それから、また前のように、彼の大きな足指の間でそんなに年月を経た、六七百年にもなる樫の木も出来たでしょう。
 そして、その巨人は、今日《こんにち》もなおそこに立っています。いや、とにかく、彼と同じくらい高い山があって、彼の名がついています。そして、その山のいただきの辺で、雷がごろごろと鳴る時には、われわれは、巨人アトラスがハーキュリーズのあとからどなっている声だと思っていいでしょう!
[#改ページ]

     タングルウッドのいろりばた
       ――話のあとで――

『ユースタスにいさん、』大きな口をあけて、話手の足のところに坐っていたスウィート・ファーンが訊き出した、『その巨人の背の高さは、本当にどれくらいあったの?』
『おう、スウィート・ファーン、スウィート・ファーン!』と学生は答えた、『僕がその場にいて、彼を物差で計ったとでも思うのかい? でも、君がもしも是非くわしいところを知りたいというんなら、まあ、まっすぐに立って三マイルから十五マイル、そして、タコウニック山に腰かけて、モニュメント山を足置台くらいにはしただろうと思うね。』
『おやまあ!』その可愛い小さな男の子は、満足したように喉を鳴らしながら叫んだ、『ほんとに、それじゃ巨人だなあ! そして彼の小指はどれくらいあったの?』
『タングルウッドから、あの湖まではあったさ、』ユースタスは言った。
『ほんとに、それじゃ巨人だなあ!』スウィート・ファーンは、こうして長さがはっきりと分ったので、嬉しくてたまらないといったように、また叫んだ。『そして、ハーキュリーズの肩幅は、どれくらいあったのかなあ?』
『そればかりは、僕にもどうもわからないよ、』学生は答えた。『しかし、僕のよりも、君のお父さんのよりも、また今日《こんにち》われわれが見る、どんな人の肩よりも広かったにちがいないと思うねえ。』
『僕ね、』スウィート・ファーンは、学生の耳に彼の口をくっつけるようにして、小さな声で言った、『巨人の足の指の間から生えた樫の木に、どれくらい大きなのがあったか、聞きたいんだけど。』
『それらは、キャプテン・スミスの家の向うにある、大きな栗の木より、まだ大きかったさ、』ユースタスは言った。
『ユースタス、』とプリングル氏は、しばらくじっと考えたのち、言い出した、『わたしはこの話に対して、作者としての君の誇りを少しでも満足させそうな意見を吐くことは出来ないねえ。どうもわたしは、君にもうこれ以上、古典の神話に手を出さないように、忠告したいんだ。君の想像は、全然|野蛮《ゴシック》趣味だよ。だからどうしても、君の手にかかると、すべてが野蛮《ゴシック》趣味になってしまうんだ。まるで、大理石の像に、絵具をぬりたくるようなものだ。それから、この巨人にしてもだ! 上品に出来たギリシャ神話の筋の中へ、君はどうしてあんな大きな、不釣合なものを無理に持込んで来るんだろうねえ? 一体、ギリシャ神話の傾向としては、大きく言いたいところも、その全体に行渡った上品さによって、度を越えないように遠慮してあるという風なんだ。』
『僕はその巨人を、自分の思った通りに話しただけです、』学生は少々腹を立てて答えた。『そして、おじさん、もしもあなたがギリシャ神話をつくり変えるために必要なような心構えになって、それらに臨んでさえ下されば、古代のギリシャ人だけに独占権があるわけではなく、現代のアメリカ人にだって、やって見る権利があるということが、すぐお分りになるでしょう。ギリシャ神話は全世界の、そしてまた、すべての時代を通じての、共有物です。古代の詩人は、それらを好きなようにつくり変えて、彼等の手でどうにでもしました。それが僕の手にかかって、同じように、自由になってはいけないというわけがあるでしょうか?』
 プリングル氏は微笑を抑えることが出来なかった。
『それにまた、』とユースタスはつづけた、『古典の型の中へ、少しでも温い心を、情熱か愛情を、或は人間又は神の道徳を、注込《つぎこ》んだら、その瞬間に、もう前のものとはまるで違ったものになってしまいます。僕の見るところでは、ギリシャ人は、これらの伝説(それはずうっと古くから人類に伝わって来たものです)を受けついで、いかにもそれに不滅の美しさを持った形を与えましたが、しかし一方からいえば、その形が冷たく、且つ情味のないものであったがために、ずうっと後世に亙《わた》って、計り知れないほどの害毒を流したのです。』
『君は、きっと、それを救うために生れて来たというんだろう、』とプリングル氏は言って、からからと笑い出した。『まあ、いいや、これからもつづけてやるんだね。しかし、忠告しとくがね、決して君の滑稽な作りかえを文章に書かないことだ。そして、次の仕事として、アポロウの伝説のうちのどれかを手がけて見たらどうかね?』
『ああ、おじさん、それはちょっと出来そうもないから、そうおっしゃるんでしょう、』学生はちょっと考え込んだのち言った、『そして、成程ちょっと考えると、野蛮《ゴシック》趣味のアポロウなんて、随分おかしな気がします。しかし、僕はおじさんの発案について十分想を練って見ることにします。そして成功は必ずしも覚束《おぼつか》ないとは思いません。』
 以上の議論がつづいている間に、その中の一言も分らない子供達は、すっかりねむくなってしまって、もう、寝床へ追いやられた。彼等がねむそうな声でしゃべりながら、階段を上って行くのが聞えた。一方、タングルウッドの木々《きぎ》の梢に北西風が高く鳴って、家のまわりに喜びの歌をかなでていた。ユースタス・ブライトは、書斎へ帰って、再び何か詩を作ろうと頭をひねったが、一句書いて、次の詩句を考えているうちに眠ってしまった。
[#改丁]

     丘の中腹
       ――「不思議の壺」の話の前に――

 さて次に、われわれは例の子供達を、いつ、どこで見かけると読者は思われるか? もうその時は、冬ではなく、楽しい五月になっていた。場所も、もはやタングルウッドの遊戯室や、いろりばたでなく、或る大きな丘の五合目よりまだ少し登った辺だった。この丘はおそらく、山と云ってやった方が一層よろこぶかも知れないほどの大きさだった。彼等はこの高い丘を、その禿げた天辺《てっぺん》まで登ろうという、大した意気込みで家を出たのであった。尤も、それはエクアドルのチンボラアゾウとか、アルプスのモン・ブランほど高くもないし、またこの地方第一といわれる、わがグレイロック山にくらべても、まだずうっと低いものだった。しかし、とにかく、千の蟻塚よりも、百万の土竜丘《もぐらづか》よりも高く、小さい子供達の短い股で計れば、大変高い山ということになるであろう。
 そして、従兄ユースタスはみんなと一しょだったか? それは確かだと思ってもらっていい。でなければ、どうしてこの本が、一歩だって先にすすむことが出来よう? 彼は今、春休みの中程だった。そして、四五ヶ月前に見た時とほとんど同じだったが、ただ彼の上唇をよく見ると、とてもおかしな口髭がちょっぴりと目につく点だけが違っていた。大人になったという、このしるしを別にすると、彼は読者と初めてお馴染《なじみ》になった時と少しも変らない少年だった。彼は今までと同じように、快活で、元気で、上機嫌で、足も心も軽く、そして小さな子供達に好かれていた。この山登りも、全く彼の考え出したことだった。急な道をのぼりながら、ずっと彼は、元気な声で大きな子供達をはげまして来た。そして、ダンデライアンやカウスリップやスクォッシュ・ブロッサムがくたびれて来ると、彼はかわるがわる彼等を背中に負ってやって登った。こんな風にして、彼等は丘の裾の方の果樹園や牧場を過ぎて、林のところまで登って来たのだった。その林は、それから禿げになった頂上の方まで、ずうっとつづいていた。
 五月の月は、その頃までは、例年よりは一層気持がよく、今日はまた大人にも子供にも、こんなこころよい、さわやかな日はないという気がした。丘を登るみちみち、子供達は、紫や白や、それからまるでマイダスがさわったのかと思われるような金色などの菫を見つけた。花草のうちでも一番かたまって生えるのが好きな、小さなフサトニヤが、一杯あった。それは決してひとりでは生えないで、仲間を慕《した》って、いつも好んで大勢の友達や肉親に取巻かれて生えていた。時には手平《てのひら》ほどしかない広さに、一家族で生えているのを見ることもあれば、時には放牧場全体を真白にするくらい大きな社会をつくって、お互に元気をつけ合って、楽しく暮らしているのを見ることもある。
 林の中へはいったばかりのところに、おだまき草があった。それらは大変内気で、出来るだけお日様に当らないように引込んでいるのをたしなみと心得ているとみえて、赤いというよりも蒼ざめた色に見えた。また、野生のゼラニウムや、沢山の白い苺の花も咲いていた。岩梨もまだ花時を過ぎてはいなかったが、その大切な花を、母鳥が小さな雛を大事に羽根の下にかくすように、林の去年の落葉の下にかくしていた。それは大方、自分の花がどんなに美しく、またいい匂いがするかを知っていたのであろう。それはあまりうまくかくれていたので、子供達はどこから匂って来るのか分らないうちから、その何ともいえない、いい匂いを嗅ぐことさえ時々あった。
 こんなに沢山の新しい生命のある中に、野原や牧場のあちこちで、もう種になってしまったたんぽぽの白い鬘《かつら》を見ると、何だか変でもあり、ひどくいたましい気もするのであった。それらは夏の来ないうちに夏を済ませてしまったようなものだ。それらの、羽根の生えた種で出来た小さな球《たま》の中だけは、もう秋になっているのだった!
 それはさておき、われわれは春と野の花草とについてこれ以上おしゃべりをして、貴重な頁を無駄にしてはならない。何かもっと面白い話題がありそうなものだ。もしも読者が子供達の群《むれ》に目をやったなら
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