か、そりや何より結構です、失礼ですがおできになつたところを少し拝見ねがひたいもんですが」、といひつゝ、実に不作法にも青貝蒔絵の机の上に、何やらかきちらした草稿を会釈もなく引つたくれば、房雄はあはてゝ「アそれをみてはいけません、あなたまだそれはいけないのですから」といきなり山人の手からもぎとつて、無残折角書きし物をめちや/\に押丸めて、袂のなかにかくしたるを山人は笑つてあらそひもせず、無言でながめてゐたりしが稍ありて「いや、おできにならないものを拝見すると言たのは失れいでした、しかしマアどんな御趣向です」房雄は少し見られたかと、猶顔をあからめながら「趣向……ナニ大したものなんぞとてもできませんから、ほんのやき直しです、ごく古代めいた人情小説です」「ハハア人情小説……イヤそれほどむづかしいものはありませんよ、失礼ですがあなたなんぞまだお年もお若いから、実験なさつた事も少いでせうが、さういふものをおかきになるとは、実に敬服のいたりです」とあんに軽蔑の意をほのめかす。房雄は一向無頓着にて「イヤ其経験のないのに実にこまるんです、丸つきり書生ですから、とてもろくな物はできません」尤だ、よした方がよ
前へ 次へ
全35ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田沢 稲舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング