といふやうなおこゑで「露、何か用があるのか」「ハイ」涙ごゑで三太夫の方にむき「アノ……何で御座いますが、私へは今日かぎりおいとまを下しおかれまするやうに、もし杉田さん、どうか御前様におねがひ下さいまし」御前は意外に吃驚して「露、何が気に入らなくつてさ様の事を申のぢや」いはれて猶々涙ごゑで「何の勿体ない、気にいらぬなどゝ……決して/\さやうの事では」「では何ぢや」「ハイ……あの御前様のおいとひ遊す放蕩山人とは、私の兄、今宮丁の事で御座いますから、其妹の私もとてもながくは……」きいて御前は意気地なくも「さやうか、露の兄とはしらなかつた」きまりわるげに三太夫の方にむき「これ杉田、そんならすこしもくるしうない、何ぞうまいものでも沢山御馳走してやるがいゝ」変幻自在にあきれはてゝ、思はずしらず三太夫「ハツ今度はさ様に遊しますか」。

   (三)

 立聞されしもつゆしらず、はなれにきてゐる放蕩山人ホーレル水でも呑みしものか、日本人とは思はれぬほどつや/\する色白な格恰のよい顔に、ぞつとするほど愛嬌のあるゑくぼをよせながら「イヤどうも驚きますね」と不意にいはれて房雄も驚き「ヱどうかしましたか」「イ
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