結構な雅号で御座います」御前はフフと苦笑して「イヤそんな事はともかく、房雄はどうして戯作者なんぞと懇意になつたか、お前はよく知つてるだらう、ここでくはしく話しなさい」作者と懇意なのがどうしたと、仰るんだらうといぶかりながら「ハツよくはぞんじませんで御座いますが、此春の試験休みに、鎌倉から江の島の方へ御出遊した時、恵比寿やとかで御懇意におなり遊した御様子で御座います」「ンなる程、あの時は誰が供だつたかな」「さやうで御座います、別にお供の者はまゐらず、只御学友の若様方ばかりでお出遊しました」「なる程、一人で行つたつけな……ンぢやお前の落度ではない」落度ときいて三太夫びつくりして御前を見る。御前は猶も語をついで「イヤおれのやうな老人は今の小説家とかいふ者の才学はどんなものか、品行はどんなものか一向に知らないが、しかし昔の戯作者などといふものは、大抵普通のまじめな人間とはちがツての、いはゞこれといふきまつた職業もなく、しツかりした学問もなく、マアきゝかぢりの漢学か何かを、どうやらかうやらつかひこなして、俗人を驚かせたやうな質のもので、其上品行なども皆みだらなものばかりで、つまり其持つて生れた小
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