こゝにおむかへなさツたらいゝぢやありませんか」「それは何訳もないんですが、しかし私の家業は都でなくツてはできない事ですもの」「なる程さうでしたツけね」「それにくる時、日光や、飯坂なんぞであんまり遊んだもんですから、もうお金もそんなにありませんし、実にこまるんです」「そうですか、どうしませうね」折から此家の女中きたりて、茶代の効能むなしからず、東京にては借家住居の今宮を、衣服の綺羅と顔立の上品になるに胡麻化されて、下へもおかぬ花族あつかひ、障子の外に手をついて「御前、只今新聞がまゐりましたから……それから何ぞ御用は御座いませんか」今宮は物うげに「アアマア何もないよ」「さ様で御座いますか……今日はいゝ塩梅に風が御座いませんでよろしう御座います、ちと瑞巖寺へでもいらツしやいませんか」「先にも見たから……しかし中々立派だね」「さ様で御座いますツてね、私どもはまだ一度も見た事御座いませんもの……」「オヤ姉さんこゝぢやないの」「ヘヱ王子なんで御座いますが、こんな所へまゐツて居りますので」「さうかへそりやマアさぞ故郷が恋しいだろうね、晩にひまになツたら遊びにおいで」「ヘヱありがたう御座います」と会釈
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