して出でゆく。今宮又もねころびて、煙草盆を枕にしながら、今しも女がもてきたりし東京新聞をよみそめしが、稍ありて顔色かへてむくりとばかりおき上り、何かしきりに考へゐる糸子にむかひ「糸子さん、もう駄目ですこ……これを御らんなさい」いはれて新聞手にとり上げ「どんな事が御座いますの」「これ、こゝを御らんなさい」さゝれしところに目を下せば、あはれ悲しやみだしもつらき文学者の大堕落、はツとばかりにおどろきながら、胸とゞろかせてよみ終り、おもはず新聞とりおとしぬ。
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 才にまかせて世をも人をもあざむきつゝおもしろおかしく今日まではどうやらかうやら送りきしが、お露をつまとせし頃より、名誉はすでに地におちて、書肆には体よく遠ざけられ、朋友よりは絶交され、親族よりは義絶されて、社会の信用失ひし上、日々借金取にあたらるゝ苦しさ、糸子の恋慕を幸に、こゝに姿をかくせしも、うか/\するうちふところも大方さびしくなりしのみか、流石薄情残酷なる心にも、世にたぐひなき糸子の姿と、其赤心にほだされて、始は当座の花心、口さきのみでたらせしが、いつのまにやら今は心からいとしく
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