うよ、ねヱお前、露は泣く程こゝのうちが否なんだから、男らしく未練をいはずに、ひまをおやりよ」此時までもお露の方を見むきもせず、新聞よみゐし放蕩山人、やうやくこちらに頭をまげ無造作に「なに否ならいつでも出ておいでよ、お前の方では未練があツても、おれの方にはすこしもないから、ちツとも御遠慮には及ばないよ、ハイ女に不自由しませんから」と、言ひつゝ一寸時計を見て「おツ母さん、今日人と約束した事があるから出てくるよ、着物を出しとくれな」「アア」「早くさ、おそくなるといけないから」いはれてやう/\立ながら「なる丈早くかへるんだよ」「早くはかへられないよ」「オヤなぜ」「なぜでも訳はあとで話すよ、いくらおそくとも又二三日かへらなくとも、案じずにゐておくれ、それから着物はあの縞縮緬にしとくれ」「アア」といひつつ母親は奥に行。今まで泣伏してゐたお露はむくりとおきあがり、いきなり今宮にとりついて「あなた今のはほんとうツ」情けなくもいきなり其手をふり払つて「お気の毒だがほんとだよ」

   (九)

 こゝは下谷の池の端、名もなまめかしき後朝《きぬぎぬ》といふ待合の奥二階、此あついのにしめ切つて、人目を忍ぶ男
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