女の客、いはずとしれし恋の曲者、女は男の絽の羽織をぬがせて袖だゝみにしながら、何がうれしいかにツこり笑ふ。男も只訳もなしににつこりしながら「しかし今日はよく出られましたね」愛らしきこゑにて「そりやアあなた一生懸命ですもの」煙草をのみながら「随分むずかしかツたでせう」「ハイやツとの事でまゐりましたの」「さうでせうね、しかし私も母にうたぐられてよわりましたよ」「マアどうも何とかお怒り遊して」「イヽヱ別に怒りもしませんでしたが……ナニもうこゝまでくれば大丈夫です」「そんならよう御座いますが、しかしどなたかあとをつけて入ツしやらないでせうか」「なに御心配にはおよびません、たとひつけたにしろ、此商売ですもの、うつかり二人のゐる事をあかす気づかひはありませんよ」「さうでせうかね」「さうですとも……それはともかく、あなたほんとにお家はいゝんですか、それが一番心配ですね、何しろおツ母様にはひどく私もいはれてますからね」かなしげにしほれて「どうして母はあんなに情ないでせうね……だがあなた御心配遊すな、今日のところは大丈夫ですからと[#「ですからと」は底本では「でにすからと」]、いひつゝふところからふくさ
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