ら「お松や、旦那は他へいゝところがおできになつたんだよ、おいらんにいひつけておやりな」「ホヽヽヽにくらしい事ね、さんざいひつけてまゐりませうよ」といでゝゆく。あとには今宮酒肴を命じておもしろおかしくさゞめきながら、三人とやかくくだらぬ事を話すうち、まもなくお松はかへりきたりて、「アノ丁度よろしう御座いましたよ」。

   (五)

 緞子の夜着をかきのけて「姫や、今日はどうだい、少しいゝ方ではないの」といふ母の情はありがたけれど、今しもうれしき夢を結びつゝ、ねぶり居し糸子はよびさまされしくやしさに、こたふる声もはか/″\しからず「ハイ……どうも」といひつゝ細き溜息をもらして枕の上に両手をのせ、其上にひたと額をつけて、苦しげにうつむきゐる。母君は、心配さうに「やつぱりいけないのかへこまるねへ、どんな風に苦しいの」いひつゝやせほそりし背中をなでさする、姫はいとゞ物うげに「どこつて……どこが苦しいかわかりませんが、只何となく気がふさいでいけませんもの……」「気がふさぐつてお前、何か心配な事か、気に入らない事でもあるのでないの、もしそんな事なら、私には遠慮せずと、話すがいゝよ」「イイヱ決してそ
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