ヱあなたの此書斎です」「書斎がどうかしましたか」「ハア始めて私が伺つた頃は、御本はいづれも書棚や本箱にちやんとかたづいておりましたつけが、此頃ぢやいつ上つても、新聞雑誌やなにやかや、大変乱雑におとりちらしで丸で私の書斎のやうですから、どうして俄にさう無性におなりなさつたかと、実に驚きますよ」「ハ……何ですよ、私もあなたにお目にかゝつてからは、どうもあんな四角張つた理屈くさい、法律なんぞ否で/\仕方ありませんし、又昔から好きな道ですから、何か一つ徒ら半分かいて見て、あなたに直していたゞかうと思ツて此頃から少しづゝつまらぬものを書き始めたもんですから、自然どうも取りちらしても、其まゝにばかりしておくですから」と若様決してまねして、わざとかうしたのではないとの言ひ訳、何やらきまりわるさうなり。放蕩山人は鼻のさきにて聞きゐしが、何のこいつ人まねか、鵜のまねの烏瓜買ふてうまいとほめる人もあるまじきは、いかに花族のひまでこまるかしらないが、くだらぬ寝言をかきならべて、小説で候法律否のと、著作三昧かたはらいたしと、心のうちではあざ笑ひしが、色には更にいださずして、さも感心したるらしく「ハハアさうですか、そりや何より結構です、失礼ですがおできになつたところを少し拝見ねがひたいもんですが」、といひつゝ、実に不作法にも青貝蒔絵の机の上に、何やらかきちらした草稿を会釈もなく引つたくれば、房雄はあはてゝ「アそれをみてはいけません、あなたまだそれはいけないのですから」といきなり山人の手からもぎとつて、無残折角書きし物をめちや/\に押丸めて、袂のなかにかくしたるを山人は笑つてあらそひもせず、無言でながめてゐたりしが稍ありて「いや、おできにならないものを拝見すると言たのは失れいでした、しかしマアどんな御趣向です」房雄は少し見られたかと、猶顔をあからめながら「趣向……ナニ大したものなんぞとてもできませんから、ほんのやき直しです、ごく古代めいた人情小説です」「ハハア人情小説……イヤそれほどむづかしいものはありませんよ、失礼ですがあなたなんぞまだお年もお若いから、実験なさつた事も少いでせうが、さういふものをおかきになるとは、実に敬服のいたりです」とあんに軽蔑の意をほのめかす。房雄は一向無頓着にて「イヤ其経験のないのに実にこまるんです、丸つきり書生ですから、とてもろくな物はできません」尤だ、よした方がよ
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