才で、世の中を胡魔化して、一生貧しく賤しく送たものばかり多かつた、それで今の小説家も、やつぱりさうだらうといふではないが、房雄は只さへあゝいふ軟弱な質だから、なる丈軍人か何かを友人にして、さういふ風の人にはあまりつきあはせたくないとおもふが……何とか遠ざける工夫をしたいものだがの」落度の意味のわかりしに、三太夫やつと落つき「御意で御座います、只見うけましたところでは放蕩山人もいたつてよい方のやうで御座いまするが御前の思召をうかゞへば、また若殿様の御身の上も案じられますから、猶あの方の善悪を聞きたゞして、もしもお為にならないやうな事が御座いましたら、なるべくお腹立にならないやう、若殿様に御意見を申上ませう」「イヤ人間のよしあしにかゝはらず、おれは小説家ときくと、実に身ぶるひがする程きらひだから、ぜひ遠ざけてもらひたい」。
折から殿の愛妾お露の方、しづかにこゝに入りきたりて横目でぢろり三太夫をにらみしが、電光石化首ふりむけ、殿を見る目はきはめてやさしく、したゝるやうな媚をふくみ、いひにくさうにくごもりながら「アノ……只今ちよいとお次で伺ひましたが……アノ…‥御前様」殿はわるいところへきたといふやうなおこゑで「露、何か用があるのか」「ハイ」涙ごゑで三太夫の方にむき「アノ……何で御座いますが、私へは今日かぎりおいとまを下しおかれまするやうに、もし杉田さん、どうか御前様におねがひ下さいまし」御前は意外に吃驚して「露、何が気に入らなくつてさ様の事を申のぢや」いはれて猶々涙ごゑで「何の勿体ない、気にいらぬなどゝ……決して/\さやうの事では」「では何ぢや」「ハイ……あの御前様のおいとひ遊す放蕩山人とは、私の兄、今宮丁の事で御座いますから、其妹の私もとてもながくは……」きいて御前は意気地なくも「さやうか、露の兄とはしらなかつた」きまりわるげに三太夫の方にむき「これ杉田、そんならすこしもくるしうない、何ぞうまいものでも沢山御馳走してやるがいゝ」変幻自在にあきれはてゝ、思はずしらず三太夫「ハツ今度はさ様に遊しますか」。
(三)
立聞されしもつゆしらず、はなれにきてゐる放蕩山人ホーレル水でも呑みしものか、日本人とは思はれぬほどつや/\する色白な格恰のよい顔に、ぞつとするほど愛嬌のあるゑくぼをよせながら「イヤどうも驚きますね」と不意にいはれて房雄も驚き「ヱどうかしましたか」「イ
前へ
次へ
全18ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田沢 稲舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング