着せて下さるおつもりです?」
 夫は左様なことには一向気がつかなかったのだ。妻からこうたずねられたのでちょっとまごついて、
「芝居に行くときの服装《なり》でいいじゃないか、あれはお前に大変よく似合よ」
 こういうて妻の方を視た。みると彼女は鳴咽《ない》ている。涙が頬を伝って流れている。夫は吃りながら、
「ど、どうした、オイ、どうした?」
 彼女はせきくる涙を無理にとどめて、頬を拭いながらわざと声を落ち着けて、
「何でもありません。衣物がないばかり、それで如何して夜会なぞにまいれましょう。お仲間の方の奥さんが私より、ズートお召のよいのを持っていらっしゃる方があるでしょう、左様《そう》いう方に進上《あげ》たらいいでしょう――なにも……」
 夫は失忘した。が気をとりなおして、
「まあ、機嫌をなおして、私のいうことも聞いてもらわなくっては困るね。夜会に行く服装というのは一体どの位で出来るものかね、せいぜい安く積もって、え?」
 彼女はしばし思案にくれていた。自分の夫のような働きのない気の小さい人に衣物の価値《ねだん》を話したら、さぞ驚くことであろう。よい返事をせぬにきまっていると心では思いなが
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