にならなければ決して見られぬものなのである。
やがて馬車はルー・デ・マアラルまできた。二人はそこで下車《お》りて家路に急いだ。彼女の希望はもうまったく消え失せた。夫の方は午前の十時になるとまたコツコツ[#「コツコツ」に傍点]と役所に出かけなければならぬのかと、つくづく単調な日々の生活を今さら思いやった。
彼女は外套を脱ぐとすぐ鏡の前に彳立《た》って、美しい姿に自らを満足させようとした。鏡を見るや否や彼女はにわかに叫んだ。それも道理、彼女の頸には如何したものか今迄かけていたと思うた頸飾りが、何時の間にか失なっていたのである!
「如何した?」
彼女は眼の色を変えて夫の方に振り向いた。
「私、あの、わ、私あの頸飾りを失なしました」
「なに!――え?――そんなことが!」
夫は気も転倒して立あがった。
衣物の襞、さては外套の衣兜《かくし》、至る処手を尽して探した。けれど見つからない。
「確かに夜会の席へ置き忘れてきたに違いない、そうだろう」
こう夫は落胆しながらたずねた。
「ハイ、なんでも広間《ホール》の入口に置いたような心持ちもいたします」
「もし帰る途中で落としたとすれば、落ちた
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