えただけで、精神的にも肉体的にも疲労を感じてしまうので、私にはこの厭わしい仕事に手をつける勇気がなかったのである。
今夜、私は机《デスク》の前に腰をかけて抽斗を開けた。書いたものをあらまし引裂いて棄ててしまおうとして、私はむかしの文書を選《よ》り分けにかかったのだった。
私は抽斗をあけると黄ろく色の変った紙片がうず[#「うず」に傍点]高く積みあがっているのを見て、暫時《しばし》は途方に暮れたが、やがてその中から一枚の紙片をとりあげた。
ああ、もしも諸君が生[#「生」に傍点]に執着があるならば、断じて机に手を触れたり、昔の手紙が入っているこの墓場[#「墓場」に傍点]に指も触れてはいけない! 万が一にも、たまたまその抽斗を開けるようなことでもあったら、中にはいっている手紙を鷲づかみにして、そこに書かれた文字が一つも目に入らぬように堅く眼を閉じることだ。忘れていた、しかも見覚えのある文字が諸君を一挙にして記憶の大洋に投げ込むことのないように――。そしていつかは焼かるべきこの紙片を火の中に放り込んでしまうことだ。その紙片がすべて灰になってしまったら、更にそれを目に見えぬように粉々にしてし
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