の娘が交番へ――その時、かねて喋《しめ》し合わした兄の手から妹の手へ、その兇器は渡らないでいるだろうか。妹は交番へ行く途中をたくみに兇器をどこかへかくしたのだ――磨ぎ澄まされた業物《わざもの》なら、大して眼につく程の血痕など附着する心配はない。あのゲーム取りと南洋の男に、些《いささ》かも関係はなかったと誰が云い得る? そして犯行は、決して物盗りが原因とは云えないのではないか。
 私の考えはそれであった。私の脳裡にはもう一度、美しい娘の顔がうれわしげに浮んだ。私は娘が好きであった。あるいは、そんな言葉よりもっとつき進んだ感情があったかも知れなかった。
 私は来た時の目的をひるがえして、空地を検《あらた》めるのを止めて引返した。この僅かな気持は、大方の読者にも解って頂けることと信じる。
 友は私を追いかけて来た。そして諸君よ、ああ友は小さくもない声で云ったではないか。
「君、君、そのまま放っては置いたけれど、あの草の中に短刀があったぜ。血の付いてるところまでは見なかったが、新しい奴だ。柄を上にして、そう草の中へつき刺したものらしい。もう一度行って見るか?」
「違う違う、君の見違いだ。なんか
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