えてしまった。が、つぎの瞬間には、理屈も何もなく、氏はもうくだんの老人と並んで、仲よくそのバナナの皮をむいていたのである。そしてその味のなんと咽喉《のど》にやわらかく触れたことであろう!
「煙草《タバコ》はやるのかい?」
と食い終わったところで老人が訊いた。食後の一服を氏は予想していなかったが、そう問われてみると、押えがたい喫煙の欲が、冷えた指の先々まで漲《みなぎ》ってくるのだった。
「おや、もう喫《の》んでしまったかな、確かにまだあったと思ったが――いいや、まだやっているだろう、ちょいと行ってもらって来よう」
氏がまだそれと答えないうちに、毛布の中で手を動かしていた老人は、身体のどこにも煙草がなかったと見えて、そんなことを呟《つぶや》くとそのままベンチを立ち上がった。
そして老人が煙草を持って帰って来るまで、氏の胸を往来した思念は、過去への呪いでもなければ前途への想像でもなく、今去って行ったその老人の、果たしていかなる種類の人間であるかということであったという。
その服装で見れば、いかに土地不案内な寺内氏にも、老人は乞食以外の何者にも見えなかった。しかし乞食といってしまうには
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