、その言葉の端々やそれから態度に、何か紳士的なものが感じられる。煙草をもらって来るといった言葉から考えれば、正しく老人は北海道行きの人夫引き子で、もらいに行った先はその仲間の家ではないだろうか? もしそうとすれば自分はこれからどうなるのであろう? 彼等は一度交渉を持てば、その恐ろしい集団の力で、到底相手を逃さないものと聞いている。だが、それほどの悪人が、己れの商売をするのに、煙草銭さえも持っていないとはどうしたのであろう? もし老人が乞食であれば、自分は既にその乞食から一度の食を恵まれたわけである。上京して来てわずかにふた月、もう自分は乞食の社会へ一歩を落としたのではあるまいか――と氏の胸には、そんな淋しい予感ばかりが去来した。

「さあ朝日だが――」
 と老人が元気に帰って来たのは間もなくだった。
 氏はその時の誘惑にも、到底勝つことはできなかったといっている。同じ北海道へやられるのなら、なんでもかまわずもらってやれ、とそんなさもしい気持になったそうである。
 新しい朝日の袋をぷつりと切って、その一本に火をつけた時のよろこび! 氏は感謝という言葉が持つ意味を、その時はじめて知ったと思
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